芸術家が描いた様な形と配置の良い雲、爽やかな空気に含まれた僅かな湿気、白味の有る蒼い空、嫌味がまるで無い適度な陽射し。
 どんな偉大な映画監督が待ち望んでも滅多に訪れない今日この日和。況してや今は冬。学び舎へ押し込められた学生が、昼食を含めた一時間に満たない昼休みの時間にまで生塗りのコンクリの中で過ごすには些か勿体無さ過ぎる快適性。
 最高学年でつい最近まで友達面していた数少ない、比較的勉強に熱心でない学友すらも受験に備え問題集と睨めっこしていて、一人いつもの調子の大蛇耶おろちや厚志あつしにとっては尚更だった。
 学校で定められているリズムを破壊してまで勉強する程厚志は殊勝でなければ、場所による強迫観念が無いと勉強出来ない様な脆弱な精神でもない。休むべき時は休む。疲れた頭で遮二無二やるよりそちらの方が余程効率が良い。疲労無視の追い込みは本当に時間が無い場合だけで充分だ。
 尤も、彼等の行為を愚かと思う程傲慢では無いが。厚志は静かにフローリングの床を歩き、横開きの扉を極力音を立てない様に気を遣って教室を後にした。
 廊下を歩きながら窓から校庭を眺め遣る。人影はない。学年末テストが重なっているからか知らないが、普段ならそれなりに外にいる一、二年生も姿は無かった。県下では一番の進学校――鳳仙高校の生徒とはいえ無駄に熱心な事だ。
 やる事も無いので階下に降り、昇降口に出てみる。
 それなりに広いがサッカーのコートと野球のコートがフェンスも無く混在し、その中で陸上部も練習するという、運動部に力が入っているとはとても言えない校庭グラウンド。野球部は夏も秋も二回戦で負けたらしい。サッカーも陸上も似たようなものだ。
 そんなちっぽけな、部活に所属していない生徒にとっては体育祭や校外実習の際のバスの停留時にしか真価を発揮しない校庭。厚志はそんな校庭を独占しながら、最高学年にもなって入る学校間違えたかなと空を見上げた。
 別に部活をしていた訳じゃない。体裁だけで入れられた文芸部の帰宅者だ。多分過半数の学生が似た様な理由で何処其処部の帰宅者をやっている。それはいい。厚志だってここに入学する前に何か部活動をやっていた訳でもない。ここ以外でも幽霊をやっていただろう。
 勉強は中学の時分から高得点を叩き出してはいたが、日本で一番の成績を取ろうと必死になっている人間の一人ではなかった。進学も、可能なら県外の日本一の大学、何て目標は無く、日本五位、県内一の大学を受験するつもりだった。そもそも、此処でなくとも日本一の大学の合格点数ぐらい取れる。まあ、それに熱心なので合格率が上がると好意的に解釈しておこう。日本一の大学受験の願書を出していないので関係無い。あったとしても、要らなかった。
 欲しかったものは真摯に部活動に打ち込んで得る成果や仲間でも、全国上位の偏差値を更に上回る事を目的とした不必要に後押しする授業と課題でもなければその逆でもない。果ては今時、この全員が敵で書物が恋人と言う雰囲気が嫌で、青臭く親友を作りたかったと云う訳でもない。
 ……唯、受験が迫っているこの時分でも、脳を休める時間に暇潰しの相手になってくれる神経を持った友人ぐらいは欲しかった。暇潰しに小説や興味のある偉大な先人の伝記を読むのもそろそろ飽きた。
 余りにも自分本位でいてそれなりに切実な願いとして。厚志が今欲しているものの上位優先の一つだった。

 ……がシャ

「ん?」
 軋んだ様な拉げた様な音が聞こえた気がした。辺りを見回してみるが、先程から校庭と云う領土には自分一人だけ。侵犯者も国民も大統領まで全て厚志一人。
 …がシャ…がシャ
 にも拘らず、音は聞き間違いではないと強調するかの様に断続的に掻き鳴らされている。
「何処から…?」
 厚志が居たのは昇降口を出たばかりの場所。ここから探して見付からないとなると、プールサイドだろうか。
「ああ、いや、そもそもプール無いや、ここ」
 行き着いた一つの仮定に頭を振る。今日日の高校では、水泳に力を入れていなければ屋外プールが無いのも珍しくなかった。
 さて、ならこの音は何なのか。ああ、それは簡単だ。音を聞いてプールを連想した。つまり、この『がシャ』はフェンスの音な訳で、この学校にフェンスと言えば、先程見回した範囲に含まれる学区と学外を区別する境界に設置された十メートル近い物と、校門からなら見えるが、ここが昇降口だからこそ見えない場所が一箇所。
 厚志は自らの自身で結論を疑いつつ、残った可能性を確かめようと視線を上げた。
 芸術家が描いた様な形と配置の良い雲、白味の有る蒼い空、嫌味がまるで無い適度な陽射し。
「あ…」
 その声を聞いたか聞かなかったかのタイミングで、厚志はもう駆け出していた。
 厚志が見上げた空。その通過点であり、彼の本当の目標物である屋上。その縁に、湿度を僅かに含んだ風がスカートと、女子生徒の長い髪を風が緩く靡かせていた。




屋上談義(一月二十七日金曜日)



 廊下を直走り、持てる運動神経を総動員して階段を二段飛ばしに駆け上がる。まるで走り幅跳びのステップ。危なっかしいがその危険の高さを感じさせず地を跳ねる。三階に上がった際、職員室の有る二階を通り過ぎた事を思い出したが、戻って教師に連絡しようと考える程厚志は冷静ではなかった。
 屋上の光景がフラッシュバックして不安で。妄想の中の彼女は既に跳び下りていてそれが現実では無いかと錯覚させられる。
 常ならば立ち入り禁止とされている屋上は幾重の錠で固く閉ざされていた筈なのだが、今この鉄門扉は、屋内と屋外との線引きの意味合いしか持ってはいなかった。
 焦りから乱雑に扉を押し開ける。立ち入り禁止と言う場所柄のイメージよりずっと澄んだ風と、
「こんにちは、早かったね」
 それに乗ったやや蓮っ葉な言葉が厚志を出迎えた。
 厚志はその声に内心安堵の溜息を吐き、全力疾走して乱れた息をそのままに、ブレス多めの挨拶を返した。
「それは…はぁ…急ぐさ…。そんな所に立たれているのを目撃して、行動に計画を立ててから、ゆっくり紳士然として現れる事が出来る程、僕は人生経験に達者じゃないからね」
「そっか、そうだよね。私も屋上の縁に立っている人間の気持ちは今の今まで分からなかったし」
「今は、分かる?」
 漸く呼吸を整えた厚志が、彼女の贈呈した包装した疑問とは違い、疑問だけを返礼した。
「いいえ、全く。多分、私に死ぬ気がないからでしょうね」
 彼女はいっそ清々しいまでに想定した最悪の場面展開を否定した。フェンス越しに見えるその小作りな顔には悪びれのない笑顔すら浮かべている。
「それはまた、妙な気を揉んで悪かった、と謝るべきか、それとも心配させないでくれと安堵の悪態を衝くべきか、判断に迷うね。ああ、立ち入り禁止の屋上にいる時点でまず怒るべきかな」
「あっはっは、確かにね。鍵をちょっとばかし拝借しちゃってるし。ああ、でも無断じゃないからいいのかな」
 無断じゃない。この普通なら有り得ない一言が彼女の名前まで割り出した。
碑蔵ひくら奈央なお、さんだったっけ。一年の、理事長の孫の」
 今年入った一年生に、碑蔵理事長の孫がいて、且つ入試で最高得点を叩き出した事で一時話題になった。フェンス越しの上それなりに遠眼で判り難かったが、その顔は新入生代表挨拶で見た記憶がある。
「BINGO♪ その伝手で鍵をねだったって訳。ところで、先輩の名前は? 別に呼称は先輩でいいから言わなくてもいいけどね」
 奈央は訊ねる眼がしかし気にはなるといった風情で、藍色のブレザーに身を包んだ名も知らない先輩を頭から爪先まで視線を巡らせる。
 妙な気分だった。つい数分前まで死なれてしまうと怯えさせられていた人間が未だ高く反り返りまで付いたフェンスの向こう側にいるにも拘らず、今はもう、丸っ切とは言わないが殆ど心配も警戒もせずに会話出来ている。
 全くこれはどうしたことか。現実感の欠如、の一言で済ませられれば楽なのだろうが、厚志は身を疾駆させていた時とは違い、取り敢えず冷静のつもりだ。
 そう、今の状態は言うならば、信用しているのだろう。彼女―奈央の事を。死ぬ気は無いと言った奈央の言葉。そして地上と屋上で眼が合った瞬間も、恐怖に身体は駆られていたが心の何処かでは、ああ、死なないな、と思っていたのだと思う。でなければ、駆け込む優先順位が職員室よりも屋上の方が上等と言う事は幾ら冷静さを欠いていても有り得まい。楽天的観測だと言われても構わない。ただ、厚志にはどうしても奈央が屋上から飛び降りる想像は出来ても、結果として惨めで不様な屍を曝す事は想像出来なかった。
「おーい。先輩ぁい、意識つながってる~? 話し相手置いて虚想の世界に旅立つなー」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「ならいいけど。黙り込んだ上、急に口元だけにやけると不気味だから気を付けた方がいいよ」
 言いながら奈央は厚志の真似だろうか、真面目な顔をした後フッと口元だけを笑わせた。二秒後、今の笑みが気に入らなかったのか表情を正し、フッと今度は少しニヒルな感じに薄い唇に笑みを乗せた。
 本当に、この娘が自殺するのは想像出来ない。加えて言うなら、あの広いとは言えない縁の足場でも足を踏み外す間抜けにも見えない。
「ああ、笑うなよ~。先輩の真似してるのにさ~」
「あはは、ごめんごめん。で、今更だけど僕の名前は大蛇耶厚志。三年生だよ」
「これはご丁寧に。呼称は変わりませんが」
 今度は二人して、噴き出した。
「で、何でそんな所に立ってるんだ? 差し支えなければ教えて欲しいんだけど」
 厚志は転落防止として設置された、高く反り返った金網に軽く身を預けながら背中越しに質問を投げた。控えめの語調と裏腹に、フェンスはちょっとした悲鳴を上げ、彼の回答を求める意思を明確に奈央へ伝える。
「う~ん。何処から話したものか。そうだなぁ、屋上には今までもよく来てたんだけどね。清掃の職員さんちゃんと掃除してくれていて綺麗だから放課後とか家に帰る前に結構絶景でお気に入りで」
 ぎシ…
 奈央も厚志に倣い、フェンスに背中を押し付け、顔だけを振り返らせる。
「今朝大概電気代の無駄だけど垂れ流してたニュース番組で、私と同い年の女の子が、年間三万五千人の投身だけに絞ったら二千五百弱、年齢と性別を絞れば五十前後、更に絞れば…幾らだっけ?」
「調べた事はないけど、乱暴に考えて五人前後だろう」
「ああ、じゃあそれでいいや。兎に角、それに仲間入りを果たしたニュースをしてた訳だ。それでちょっとばかし彼女の気分を味わってみようと思ってね」
「その為だけにクライミングをやらかしたのかい?」
「スポーツ強豪校で生き残れる程運動神経があるわけじゃないけど、遊びの延長で色々やったから時間さえ考えなきゃ簡単に上れるよ、これぐらい」
 厚志は背中とフェンス越しに奈央の顔を窺う。丁度振り向いていた高視点の景色へと向き直るところだった。
「発想が飛んでるね。別に死のうと思ってない人間が、屋上の縁に立ったから急に死にたくなるなんて事はないだろう」
「でも、人間って想像はするでしょ。今、この高さから落ちたらどうなるかって。余程運が良くなきゃ死ぬしかないのにね」
「最悪の状態まで考えるのは人間の気質だろうしね」
 奈央の言葉に厚志も微妙にずれた同意を挟む。
「不幸、破滅に酔うって言葉があるじゃない。あれってさ、余裕や傲慢があって『自分は何て可哀想なんだろう』って悲劇の主人公ぶって、取り返しの付かない事まで起こらせる人まで稀にいて。なら『死ぬってどんな感じだろう、死ねば分かるだろうか。そうだやってみよう』って、究極死に酔うっていうのもあるかと思ったんだけど…不運にも、そんなものは無いのかそれとも私が持ち合わせていないだけなのかは知らないけれど、私は一先ずそれの否定側に回るべき人間みたい」
「不運って、どっちかというと幸運だと思うけど…それに態々縁に立ってまで試さなくても分かるだろうに。料理目的でなく包丁を持ってみたり、着火する対象も考えずバーナーを持てばそれで充分。それで『ああ、刺したら死ぬだろうか』とか『火を点けたら火事になるかな』とか考えても実行に移す人は普通いない。言い方は悪いけど、自殺する精神状態は普通じゃないから普通の人が自殺所に行ったからって死のうとは考えないと思うよ」
「全く同意。さては過去に私と似た様な事をしたな」
「……してないよ。考えれば分かる事だろ」
「それは残念。お仲間さんかと思ったんだけど」
 奈央は全然残念そうじゃない笑いをクスクス漏らす。彼女は改めて普通の視点より一歩近付いた校庭と、その先の街並みを見て、何かを求めるかの様に中空に手を差し出す。
「まあでも、ここよりもうちょっと絶景な眺めだったら、一瞬でもその絶景に加わってみたいと思う気持ちはなくもないけどね。勿論、それ以上に私の血なんかで汚したくないと思うけど」
「おっかない事言わないでよ。それに今でも碑蔵さんは充分溶け込んでる」
「先輩も含めてね」
 奈央は伸ばしていた腕を引っ込め、指先を後ろ手に金網に絡ませる。そのまま片足立ちで弧を描いて身体ごと屋内に向き直った。
「先輩は、昼休みなんかに校庭に出て何やってたの? 高校生にもなって昼休みは外に出て遊ぶ時間だ、何ていう理由わけじゃないでしょ」
 奈央はそろそろ受け手から攻め手に回るらしい。厚志も別にもう訊きたい事はなかったし、異存はなかった。
「教室の空気が嫌でね。勉強熱心なのはいい事だけど、教室中があれじゃ休憩しても頭が休まらない」
「成程、最終コーナー回ってセンター終わって最後の直線の叩き合い。一年の私の教室でも全国学力考査と学年末試験で酷いものだから、三年は最早殺伐としてる訳だ?」
「ご明察。後は陽気に釣られて外に出てみた。それだけだよ」
「あはは。確かに勿体無い景色だものね。私も本は好きだけど本の虫じゃなくて、外で遊ぶのも同じぐらい好きだから分かるよ。外で遊ぶ友達は皆無だけど、寂れた公園で日向ぼっこでも洒落込みたい気分」
「それは中々、渋いと可愛らしいの相反する要素の詰まった行動だね。果てしなく同意だけど。ところで、調べるのが終わったのならそろそろこっち側に戻って来ないかい? 誰かに見られたら大変だ」
「私もそうしたいのは山々だけど、見た目と言動より古風な恥じらいがあってね。こっちを見ないって約束してくれれば直ぐにでも戻るよ」
 奈央の言葉に厚志は慌てて振り向いていた首の捻れを直した。衝撃が大きくて忘れそうだったが、奈央はきっちり女の娘だ。意識しないのが不思議なぐらい。
「初心ねぇ。先輩の情緒は小学生並ですかぁ~」
 フェンスが軋む音がする。金網に脚を引っ掛けているのだろう。
「恥ずかしいってわけじゃない。人をからかうのに夢中になって落ちないでよ」
「落ちたら先輩に何らかの容疑が降り掛かるかな?」
「文句無くそういう状態だよ。殺人は無いにせよ、未必の故意やら教唆やら。って、そんな事はどうでもいいから自分の運がまともだと思うなら軽口叩かないで真剣に上る」
 ―――がシャ…―――
 元々断続的だったとはいえ、フェンスの音が明らかに止まった。
「…碑蔵さん?」
 厚志の背筋に微かに冷たいものが流れた。約束を守って後ろを振り向かずに彼女の名を呼ぶ。
「ああ、ごめんごめん。生きてる、落ちてない。先輩いい人だなぁ、って考えてただけ」
 返った言葉に厚志ほっと一息。
「落ちるとは思ってなかったけど、やっぱり音沙汰がないとビックリするね。でも、今までで僕がいい人だって思うような会話、あった?」
「ん、ついさっきの会話が。…反り返り下りるのメンドクサイなぁ…。先輩もうこっち向いていいよ」
 奈央の科白の間に挟んだ呟きは静かな屋上では厚志の耳に十二分に届いた。
「嫌な予感がするのは僕の気の所為かな?」
「そのままだともっと嫌な結末になるかもね」
 厚志は奈央の脅迫にあっさり屈し、踵を返してフェンスに向き直る。フェンスの反り返りの頂点に屈んでいる奈央の姿が見えた。短めのスカートだったが、下着は器用に隠している。
「はい、バックバック、もっと退がって」
「現実で、君の求めているものは冗談きついと思うんだけど」
 厚志は不平を漏らしつつ、フェンスの反り返りに合わせた位置まで後退する。
「だからこそやってみたい。失敗したからって死ぬ訳じゃないし。仮に失敗の最悪として骨折っても私今年度の出席日数足りてるし」
「まあ、僕も利き手の骨折じゃなきゃ受験は出来るけどね…」
「状況に問題が無い事を確認! じゃあ行ってみよ~!」
「……おーっ!」
 ヤケクソ気味に叫んだ厚志に応え、奈央は家屋二階分の高さから身を投げ出した。
 金網からの小さなジャンプ。厚志の事を信用して脚からではなく水泳の飛び込みの様に。コンクリに叩き付けられれば愉快な押し人間が出来上がりそうだ、等と考える時間は無かった。思考より先に体が落下点を予想し立ち位置を微修正。しっかり正面から受け止めた…が、高さで加えられるエネルギーは、四十キロ半ばの奈央の体重を、並の男子高生の膂力で受け止められない威力へ変貌させていた。
 ―――暗転―――
「あ…つつ。先輩、平気?」
「…何とか」
 しかし気絶する程にブラックアウトしていた訳でもなく、何とか最低限の体裁は取る事が出来た。図だけ見ると下級生の女生徒に押し倒されているという、五十歩百歩の体勢ではあるが。
「ぐぇほっ! 鳩尾に膝入ってるっ! ぐぁあっ!」
「あ、ごめん。ちょっと慌てた」
 奈央が厚志の上から立ち上がろうとした際、コンクリに突いた手は兎も角膝が見事に人体急所に入った。奈央は支点にした膝を折り直し今度は横滑りに厚志の上から身体を退ける。
「う~っ」
 膝の入った鳩尾を擦りながら、厚志も上半身を起こした。既に立ち上がっている奈央を、迫力に欠ける涙眼で恨みがましく睨み上げる。
「悪かったって。…下手にキツイ視線より罪悪感じるからそんな眼で見ないでよ。あぐ…」
 奈央の罪悪の呻きを聞いたからでもないだろうが、厚志は溜息一つで視線を平時の穏やかなものに戻した。
「で、飛んでみた感想は?」
 若干の皮肉を込めた厚志の質問。奈央はふむと一息考え、
「浮遊感が気持ちよかった。人類が空を飛びたいと考えるのが少し分かった気がする。二度はやらないけど」
「それが賢明だよ」
 それ以上に了承する相手もいないだろうが。いや、彼女ならやりたい事は押し通しそうだ。先程の自分が正にそうであるし。厚志は思い起こして少々悲しくなった。
「先輩」
 奈央の声と同時に金属片がぶつかる硬質でいて軽い音。反射的に出した手は何かの束を掴んでいた。
「お礼と言っては何だけど、屋上の鍵のスペアの内の一つの貸し出しなんてどうかな。私、一人でここにいるのもつまらなくなってきたから、お互い都合のいい話し相手として休み時間を潰さない?」
 束に付けられている鍵は屋上のものらしい。
 彼女の後ろにはいつもより近付いた空。特に今日は映画監督が待ち望みそうな素晴らしいロケーション。
「受験まで僅か一ヶ月だけど、それでもいいのならこっちからお願いしたいぐらいだよ」
「BINGO♪ 利害一致で宜しくね」
 今日は幸運な日だ。脳休めの相手だけでなく落ち着ける場所、我侭で欲しかったものが一日で二つも手に入った。
 残った高校生活、それなりに楽しくなりそうだ。その考えを後押しする様に予鈴が降り注いでいた。
「んじゃ、先輩。また来週」
「うん、風邪でも感染かない限り来ると思う」
 常習っ振りが窺える手際の良い彼女の施錠が終わり、一年の教室がある階下に降りたところで二人は短い挨拶をしてそれぞれの教室に向かった。








 送って駄目だったもの粗そのものの一話目。長編予定。次と合わせて原稿用紙五十枚弱だったのを送ったのだがサイト用に加筆修正している間に構想がでかく。いっそ投稿用にしようかと思ったが、やりたいことの諸事情とか、作品内容とか考えてサイトで掲載。
 キャラクターの紹介を書いてみる。設定を纏めているのもあるが、それは話の中で出して何ぼなので外見だけ。

 大蛇耶おろちや厚志あつし
 性別:男 年齢:18(5/19)・高校三年
 身長:173 体重:63
 髪:黒(普) 瞳:黒(普)

 碑蔵ひくら奈央なお
 性別:女 年齢:16(11/7)・高校一年
 身長:161 体重:46
 3サイズ: 82 54 81
 髪:黒(股下まであるストレートロング) 瞳:黒(普)

 こんな感じ。
 では次週会える事を祈って。






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