今日一日の学業が終わり、貴明は一つ伸びをする。
「あぁ~、面倒くせえな、掃除」
 若干数名、掃除当番の者の怨嗟が聞こえるが気にしてはならない。明日は我が身だ、番号からいって。
 さて、教室を出た貴明に放課後の予定は特になし。このみかタマ姉に捕まらなければ今日は家に帰ってのんびりするか。そんな思考で放課の余韻に浸っていた貴明は人通りの減った廊下を歩き、問題無く一階の下駄箱まで降りてシューズを履き替える。ここまでこのみにも環にも会っていない。
 後は校門で待ってでもいなければ家に帰るので決定だ。自分が待つという選択肢はあるにはあるが、学年の違う二人の下駄箱を確認する度胸は貴明には無い。
「ん? 何だ、皆して」
 自分に見合った歩幅で歩いていた貴明は、歩調を緩め疑問符を上げる。校門前に人込み―――までは言わなくともざわめきが確認出来る位にはそこそこの人数が同じ方向を見、他人に届く前に雑音になる様な声量で一人ごち、囁いている。
「何かあったのかな…」
 貴明も好奇心が刺激され、脚を早めて、視線の先を見た。見て、後悔した。
 こことは違う制服に、その高校の特徴の黄色いベスト。
「センパイ、こんばんはッス! 間に合っててよかったぁ~」
 寺女の生徒である筈のチエが、そこにいた。
 彼女は凭れていた校門の柱を離れ、タッタッと貴明の前まで駆け寄る。
「ち、チエちゃん? ……え~と、このみに会いに来たの?」
 意外な来訪者に、辛うじて貴明は自分の考えられる中で尤も有り得そうなものを選択する。が、充分に近寄ったチエは指を振った。
「このみに会いに来るんならちゃるも一緒に来るっしょ。今日はセンパイに会いに来たんス」
「…俺? 何か用事でもあるの」
 正式に知り合ってまだ翌日。そんな間柄で用事なんて思いつかないが、違うとすればそれこそ貴明には思いつかない。
「う~ん、用事って言えば用事になるんスかねぇ~」
 曖昧ではあるが、貴明に対し用、或いは用に近いものがあるのは確からしい。注意して見ると、拭った様だが頬が微かに汗ばんで見える。そんなにしてまで来た用件が伝えられる前に、貴明は叩きつけられる幾つもの泥々とした視線に身を震わせた。
『三年の向坂先輩…』
『一年の柚原さん…』
『同年代では委員長に長瀬さん、更には転校生の草壁さんにまでモテモテの癖に……っ』
『挙句寺女にまで手を伸ばしてやがったのか…この吹かし野郎…っ!!』
 込められているのは殺気や怨念といった生易しいものではなく、明確な殺意。
 意志を具現化でもさせられる世の中なら、貴明は二十回は死んでいただろう。
「センパイ? どうしかしたッスか? 顔色悪いッスよ?」
 チエは顔を青褪めさせた貴明を心配そうに見上げる。彼女は貴明に送られる、男からの妬み嫉みといった視線に気付いていない。
「あ、ああ。大丈夫」
 口ではそう言っているが、さっきから感じる悪寒は只事ではない。貴明本人が殺意に乗った言葉まで読み取れられれば必死に誤解を解こうと弁解するところであるが、生憎そんな特殊能力を持ってはいない。推測も出来ない。彼等の殺意は誤解も混じっているが幾つかは真実であり、貴明はその幾つかの好意に気付かない程の愚鈍者であった。
「と、取り敢えず場所変えようっ。こんなとこじゃ目立つしさ」
 チエからの返答を待たずして、貴明は早足で帰路方向に歩き出す。
「了解ッス、って、早! センパイ早っ。歩幅が違うんスからもうちょっとゆっくり歩くとかにして下さい!」
 スタスタスタスタスタっ!!!
「うわっ、聞いてねぇー!」
 チエの要求はテンパッている貴明には伝わらず、結局彼女は競歩レベルの足運びを余儀なくされた。

「センパイ。もういいんじゃないッスか?」
 五分ほどして、いい加減焦れたチエが声を掛ける。貴明ははっとした様子で歩調を止め、
「悪い、ちょっと恥ずかしくて。疲れた?」
「いえいえ無問題ッス。けど、こ~んな美女を連れてるのは自慢はしても恥ずかしがる事ないじゃないスか。は、それともあたしは、センパイにとって並んで歩くのが恥ずかしいほど醜女ッスか?」
 チエは前半は冗談めかして。しかし後半は肯定を出すと冗談では済まなくなる問い掛けを出した。
「んなわけないだろ。寧ろ――」
 チエちゃんが可愛いから注目されていたんだろ、とまでは貴明は言えなかった。勿論言葉の切り場所の悪さと、貴明が照れて逸らした顔から後に続く言葉が美辞である事はチエにも容易に読み取れる。チエはにまりと笑みを浮かべた。
「センパイ、恥ずかしがらずに素直に褒めてもらった方が、女の子は嬉しいもんスよ」
 褒める側に恋人がいる場合下手すれば修羅場であるが、それは棚に上げておいた。
「そ、それより、何か用事があったんじゃないか?」
 貴明はチエの見事な攻勢に、話題を露骨に戻す事でエスケープを図る。
 チエもいつまでも貴明をからかう事を続ける気はなかったらしく、素直に転換に応じた。
「用事って言うほどじゃないんスけどね。ただ、センパイと遊びたいなって。だから、実際もう半分ぐらい叶ってるんス」
 それだって思い付きに近い。けど、その思い付きに近い衝動に寺女の友達の誘いはおろか、幼馴染で親友のちゃるの誘いまで蹴って、間に合わないかもしれないのにこのみ張りのダッシュで校門まで走って来たのだ。
「センパイと話した事はあったけど、必ずこのみとちゃるを挟んでだった。自己紹介もつい昨日。だから、もっと話してみたいと思ったんス」
 告げられた言葉に、貴明は困惑顔で暫し黙考した。悩む彼は、汗まで掻いてやって来たチエを追い返す答えはどうしても選べず、避け続けていた中学時代のツケだと割り切る事にした。
「遊ぶって言っても、女の子が喜ぶようなとこ知らないぞ」
「いいんスよ。女の子が苦手なセンパイにそこまで期待してないッス」
 貴明はよっちのサラリと言った一言にガクリと崩れ落ちる。
「……知ってたの?」
「そりゃ、このみとセンパイが一緒にいるところにあたしとちゃるが行ったらいつも逃げられるんスから。そんなのを三年もされたら嫌われてるか、女の子が苦手かしか思いつかないっしょ?」
 そしてここまでの会話では嫌われているようには感じないのだから、残るのは後者である。
「…あ~…そう」
 貴明は雄二に一年も同じクラスなら知らない奴でも気付くと指摘されていたのを思い出す。彼女らに関しては隠し通せているとは思っていなかったが、改めて確認されるとまたショックだった。
「…苦手って言うんじゃなくて、接し方が分からないだけだからな」
 それでも訂正を兼ねた負け惜しみは忘れなかった。但し、情けない事に委細、変わりは無い。
「じゃ、この機会に慣れちゃって下さい! 一先ず今日は何処にするッスか? ゲーセン? お茶? ウィンドウショッピングでもいいッスよ? 何なら、センパイの家でも――」
「ゲーセンで」
 即答だった。

 ゲーセンで座った格ゲーの対戦台。キャラを選んでいざスタート。
「むむ…センパイ、やるッスねぇ~」
「そっちこそ、な!」
 貴明の腕に覚えが有るゲームだったが、チエも中々の腕前だった。
 四十分ほど時間を費やして、結果は貴明の十一勝九敗だった。
「この二つの差があるから俺は対戦で食っていける」
「センパイ、それ誰の真似ッスか?」
「知らない? 有名な麻雀漫画の台詞なんだけど」
「ちょっと分かんないッスねぇ~」
 言い、ストローでコーラを飲む。
 勝負の後はやはりヤックである。これが雄二であれば敗者が勝者に奢るところであるが、チエなのでそれぞれの支払いとした。
 二人はゴミになった包みと袋を捨て、店を出る。
 ヤックをお茶に入れるなら、今日は結果として二つこなした訳だ。
 よっちが携帯電話を見ると、時刻はデジタル時刻は16:37を指していた。
「そろそろいい時間だし、帰るッスね」
「そうだな」
 高校生の帰宅時間としてはまだ遅くは無いが、貴明もチエが陽がある内に帰るのは賛成である。
「今日は楽しかったッス」
 本当に。意外な程に。だから自然、彼女の口から昨日とは違う別れが衝いて出た。
「それじゃセンパイ、また明日ッス!」
「ああ、また」
 貴明も反射的に受け答えたが、違和感に首を捻る。今、明日って言わなかったか?
 その確認は翌日、掃除当番を終えた貴明が、このみと共に現れたよっちを見て行われた。







 対戦シーン端折りました。本筋に関係無いし。
 後、分かっていると思いますが、この貴明は原作の誰のエンドも迎えてません。
 よっちが所々普通の敬語なのは、ッスをつけると意味が通らなくなるからです。
 例「~下さい」にッスを付けると「~下さいッス」これをッスを敬語として訳すと「~下さいです」になると思うので。違っていたらすみません。
 次、どうするかなぁ…






BACKTOPNEXT