入学したての郁乃の学校生活は静かなものだった。このみの友達、二年の良くしてくれる小牧先輩の妹という事で多少取っ付き易くなってはいるものの、基本の郁乃がつっけんどんなのは変わらない。更に分割するなら、二年の彼氏がいる事に対する好印象、悪印象もある。
「いくのん、音楽室一緒に行こ?」
「そうする」
 次は移動教室。郁乃は杖と教科書と筆箱を取り、席を立つ。
「あ…」
 萎んだ声。小さなその音源を辿ると、前の休み時間話し掛けてきた女生徒がこちらを見て微妙な表情で固まっていた。貴明が来て結局有耶無耶になって郁乃は彼女の名前も知らない。
「何?」
 彼女は壁際の席に対して内側からこちらを見ているのだから、自分達に対してのものだろうと郁乃は声を掛けた。
「あ、えと」
「かなちゃんも一緒に行く?」
 言葉に詰まる女生徒に、このみが誘いを掛ける。このみの無意識のフォローに「う、うん」女生徒は我が意を得たりと頷いた。
「いくのんもいいよね?」
「いいよ。来たいんなら来れば」
 郁乃は教材を左手に持って、杖を着き席を立った。
 音楽室へ行く道すがら、女生徒が軽く自己紹介する。
「雛本かなえって言います。部活は入って無くて、その代わり委員長やってて」
「そう」
 興味なさ気に一言に伏された。かなえはポーズでなく本当に落ち込んだ風にガクリと俯く。それでも郁乃やこのみよりも頭の位置が高い。女生徒が背が高いというのでなく、二人が低いという意味で。
「あんた、分かりやすい性格って言われるでしょ」
「はい…」
 まあ、これで分かった。委員長なら言いつけられているだろうから探りを通り越して話し掛けているのだろう。義務だけなら別に要らないが、言い付けを破らせる訳にも行くまい。
「かなちゃん、大丈夫だよ。いくのん、素っ気無いみたいだけどお話した事はちゃんと聞いてるから」
「…うん」
 このみの慰めが聞こえたが、敢えて無視しておいた。
 教室移動には階を跨ぐ物もある訳で、階段は存在する為当然それを上る事になる。
 郁乃は疲れはするが、上れない状態なら学校には通っていない。このみは自然に郁乃を手摺側に、自分がその左側に回った。かなえは郁乃の後ろのまま。このみはまだしもかなえは単なる偶然か無意識かは知らないが。
 特に何の問題もないまま四時間目まで終了した。三時間目教室に戻った後の少ない休み時間で新たに話し掛けてきた者もいるが、郁乃の態度は相変わらずだった。
 昼休みになって一分弱、郁乃の教室の扉の前に一時間目の休み時間と同じ様に男女の上級生が顔を見せた。
「いくのん、タカくんと愛佳さん来たよ」
「分かってる。ったく、子供じゃないんだから一人で行けるのに」
 郁乃が憎まれ口を叩きつつ、口端が微かに緩んでいるのにこのみは気付いていた。
「何、どうかした?」
「何でもないよ~」
「……このみ」
「ぅん? あいたっ」
 郁乃は何と無く不平を感じたので、このみの額にデコピンしてやった。
 食事場所は屋上ではなく中庭にした。その階下へ降りる道程、
「郁乃、調子の方はどう?」
 愛佳は一先ず当然の質問を一番手に上げた。郁乃の方も当然訊かれるだろうと思っていたので即答する。
「問題ない。まだ少し眼が疲れるけど」
 眼が疲れるといったのは手術前の様な疲れではなく、長時間読む事にまだ慣れきっていないところから来るものである。
「で、ここまでの学校の感想はどうだ?」
 今度は貴明。こちらも郁乃は即答する。
「まあまあ。授業も問題なく付いていける」
「そっか」
 中途入試で平均八十点以上取っただけの事はある。クラス全体の平均点を行ったり来たりしている貴明より二十点は高い。
「友達になれそうな子、いた?」
「そんなの―」
 まだ分からないと言い掛けて、かなえの顔が思い浮かんだ。あれが義務からでなく、姉やたかあきの様に自然なものであれば…
「一人ぐらいは」
「よかったぁ…」
 郁乃の答えに愛佳は安堵の息を漏らした。少し心配だったのだ。同い年の人間と付き合った事が少ない郁乃に友達が出来るかどうかが。
 郁乃の高校初体験の話題も終わり、中庭まで降りた三人は弁当を開き美味しく頂いた。

 午後も恙無く終了し、郁乃は帰宅するのかと思いきや、姉と貴明に図書室のある階層まで連れて来られた。
「何なのよ、一体」
 図書室の脇にある扉で愛佳は鍵をカチャカチャやっている。
「すぐ分かるから大人しく待ってろって」
 愛佳の代わりに傍らの貴明が答える。実際その室内に入れば分かる事でもあるし、郁乃は黙る事にした。
「開いたよ。さ、来て来て」
「ささ、どうぞどうぞ」
「はいはい。今入るわよ」
 はしゃぐ姉に促され、貴明にも声で背中を押され、郁乃は扉を開け室内に入った。
 入って最初に見たものは木材の暖色。列を成す本棚と、陳列された眼に優しい色合いの背を持つ本の山。入り口から本棚の間を真っ直ぐ行くと茶卓と書斎机。それがここを書庫である事を示していた。
「お姉ちゃんと同じ匂いがする」
 今の自分はまだ本を読む事にそこまで興味は無い。だけど、ここは姉と同じ匂いがした。本を読まない自分すら歓迎している様に思えた。
 貴明も愛佳も郁乃の反応に大きな充実感を得た。正直反応が鈍ければ虚脱では足りなかっただろう。郁乃の感想は充分期待に見合うものだった。
「何てったって、愛佳の守った大事な場所だからな」
「お姉ちゃんが?」
 郁乃は達成感から来る笑みを浮かべている愛佳を見る。
「あたしだけじゃないよ。たかあきくんや、環さん。向坂くんやこのみちゃんに由真。それに、図書委員のみんなのお陰」
 謙遜はしているが、自分もちゃんと勘定に入れている辺り、愛佳もいい方向に変わっている。
「郁乃、ちょっとお茶淹れようか?」
「いいけど、お茶まで淹れられるんだ、ここ?」
「ああ。愛佳の武勇伝でも話しながら一息吐いて行こう」
「たかあきくん、からかわないでよぉ~」
 愛佳が照れ臭そうに手を振る。その姿は何処か誇らしそうで。郁乃はこれから聞かされるらしい話に少し興味を抱いてソファに座った。

 そんな感じで、郁乃の高校初日は終わった。
 郁乃の高校生活はまだまだ始まったばかり。








 山場も谷場もオチすらも何もない話ですみません。っていうか、捏郁の番外どころか二次創作の二次創作的位置付けですみません。
 学校のシーンを書きたかったのですが、郁乃のクラス内の評価が気になって気になって結局こんな内容に。捏郁の終始に入れておくべき内容なのは分かります。追加して告知だけしようかと思ったぐらいです。でも、番外扱いです。あの最後は個人的に気に入っているので。
 お付き合いありがとうございました。






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