「えーと、彼女は今日から入る、先日の中途入学テストで合格した小牧郁乃さんです」
 教師はそれだけ言って一歩引いた。それだけの説明では、郁乃の登校風景を見た者は何故彼女が車椅子に乗っていたのかと好奇心が刺激されるし、見ていない者でも足を怪我している様子もないのに杖を着いている彼女に対する疑問に答えていない。
 しかしこれは郁乃が決めた事。担任が多少説明するかどうか聞いた際、首を振って自分で自己紹介すると彼女は言った。
 担任と入れ違いに郁乃は一歩、前に出た。
「小牧郁乃です、体が弱かった為、最近まで入院していました。とはいえ、勿論常識は知っているので問題ありません。また、勉強には困っていないので勉強関連で頼る事は無いと思います。唯一、杖を使っていることから分かると思いますが、不自由な体力なので力仕事は出来ません。それ以外は基本的に普通に扱ってくれて結構です」
 これはまた、突き放した自己紹介だった。しかし、同情から友達になろうと思っている人間のその気を失せさせるにはこれ位言わなければ分からない者も多いものなのだ。
 担任の三十前の女教師が隣で冷や汗を流している。まだ若く経験が足りない彼女。灰汁の強そうな中途入学生のクラス担任をして、必ずや一回り大きくなるだろう。
 担任は息を吐き、気を取り直して郁乃の席を指示する。
「では、席は取り敢えず柚原さんの後ろでいいですか?」
 あいうえお順でも最後尾だったゆの生徒は、席替えをしたであろう今も最後尾。その後ろに今日付け辺りで用意したのだろう机があった。
 澄まして歩く中途入学生に、誰もが遠慮がちに一挙手一投足を見守った。
 柚原さんの隣に差し掛かった時、席以外見ていなかった郁乃の視線がずらされる。
「同じクラスだね、いくのん」
「運も良かったみたいね。一年宜しく、このみ」
 短いやり取りだったが、クラスの人気者的なこのみによる『いくのん』呼ばわりに、下がった温度は一瞬で現在(夏)―――ではなく春の陽気になった。

 HR後の休憩は無かった。郁乃の紹介で予定が押した為チャイムが鳴り、一時限目の英語教諭と入れ替えに担任が出て行った。

 郁乃は自ら紹介した通り、授業に付いていくのに支障は無かった。只、勝手に教師の方で気を使って、長文を郁乃のいるのとは反対側の列から読ませ、問題当てはそれ自体をしなかった。
 面接で言っておいてこれではもうしょうがない。教師の方が慣れてくれるまで待つしかないだろう。
 一時限目はチャイムが鳴る前に切り上げられ、英語教諭が出て行くと同時に終了の鐘が鳴った。
 そしてクラスメイトの自分の扱いは黒山の人だかりか観察かどちらかだと思っていたが、諸に後者が当たった。
 クラスメイトの異性含む半数以上が遠巻きに郁乃を眺め、声を掛ける切欠を探っている。郁乃は嘆息する。好奇の視線は慣れているが、気持ちのいいものではない。常識の範囲で興味があるのなら素直に話し掛ければいいのに。無理して友達は欲しくないから、歯に絹を着せない発言をどう取るかは知った 事ではないが。
 郁乃は個室暮らしが長いお陰で沈黙に寂しくはなったりしないし、暇でもこのみがすぐ前なので今のところ不自由はしないが。
「あの、このみと知り合いなんですか?」
 このみ以外で初めて中途入学生に声を掛けた女生徒に、タイミングを計っていた者のみならず、興味を持っていなかった者まで声を潜めて成り行きを見守る。
 郁乃は当然友達と答えるつもりだったが、そろそろ二人が来る頃だろう。折角なのでからかいを含んでやるべきか。
「ええ。恋人の幼馴染で、付いて見舞われてる内に友達になったの」
 数秒後、やって来た上級生の男子の方に視線が集まったのは言うまでもない。






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