取り留めも無い、異性の同級生のお話



 花木隆一は所謂普通の家庭に育った一人息子であった。部活は無所属で、小遣い稼ぎ程度にバイトをして勉強にはそこそこに集中する、現実的な模範高校生である。
「う~っ、ダルゥ……」
 そんな彼が、普段大して寄り付きもしない図書室でノビていた。
「夏終わったのに暑いぞぉ…」
「私は寧ろ、昨夜に徹夜で麻雀や格ゲーを友達の家でやっていた生活態度に問題があると認識する次第だが」
 隆一の前で呆れた様に同学年の荒井静が指摘する。
「しょうがねえだろ…ゲームは一種の麻薬だ。好きな奴同士が集まると我に返るまで延々とやり続けるもんなんだよ」
「我を忘れるほど熱中するのは兎も角、時間ぐらいは気にしながらやりなさい」
 年齢は変わらないのに、殆ど会話したこともないのに――不出来な弟を嗜める様な彼女の物言いに、隆一はむっと不快感を露にする。
「理性で戻れる本能は、本当の本能とは言えないんだよ」
「恐い恐い。そういった奴が犯罪を起こすんだ。私に少年Aのクラスメイトとしてのインタビューなんて受けさせないでくれよ」
「お前みたいな弁舌家は絶好の的になるだろうな」
「そうさせてるのはお前だ。班単位の課題で、同じ班に選ばれた三人を徹夜で潰すな。お陰で二人でこなす事になってるじゃないか」
 大人びた風貌に不満を隠さず静は冷言する。
「悪かったよ。けどさ、『犯市学』なんて訳の判らない課題なんて出されても、気が乗らないって言うか」
「私だってそうだ。だが課題なんだからしょうがないだろうが」
 クラスメイトと言うだけの接点の異性の二人が図書室で向かい合っているのには、れっきとした理由がある。
 隆一の口にした現代社会の課題『犯罪と市場価格における統計学(長いので以下、犯市学)』という、将来何かの役に立つのか、そもそも関係からしてあるのか、第一統計学になるのか、疑問は尽きないが与えられてしまったからには提出しなければ成績が落ちる事は間違い無いので、参戦可能な二人は昼休みを返上して図書室にやって来ているのだった。
「泣きたいね、全く。他の知識は受験でも使えるだろうが、こんなの出る筈もねえし」
「だから言うな。萎える」
 静は資料を捲りながら、形のいい眉を顰めて非難する。
 その先に現代社会担当の、齢五十七定年間近の真っ白な髪の老け込んでいる男性教諭を見ているのは言うまでもない。
「あの爺さんボケてるんだぜ、いい加減」
 欠伸と共に悪態を吐く隆一。
「分かった。お前の怒りは尤もだ。分かったから口の代わりに手と眼を動かせ」
「へいへい」
 だらけていた姿勢、椅子に凭れ掛かっていた背中を伸ばし、隆一は素直に従った。

 昼休みが終わり、六時間目が終了して放課後も図書室で二人は粘る。
 一旦家に帰ってから図書館になんざ行っていられない。隆一の素直すぎる意見を採用した結果だ。
 静は伸ばしている髪を喧しそうに払う。
「了承しておいて今更だが、やはり図書館に行かないか。ここよりは冷房も効いているだろう」
 表情には出していなかったものの、静も季節外れの暑さに参っていたようだ。
 それ以上に疲弊している隆一は要点の資料に栞シールを貼りながら答える。
「移動時間がメンドイ。大体、俺をここで逃がすと図書館に行く保障は無いぞ」
「そんな事を偉そうに言うんじゃない」
 静は今までに集めた資料から、レポートを試し書きしている。班の成績に関わるそれを彼女が纏めるのに依存は無い。静は五人の中で一番字が綺麗で、頭もいいのだ。
 隆一は首の関節を気にする素振りをする。
「それは置いといてだ。三人はどんな褒賞を奪うべきだと思う、お姫様」
 今頃は起きているだろう同班の欠席者三人。何もせずに結果だけ手に入れるのは不公平だ。
「別に。そも、予定していたとはいえ、無理に今日調べる必要はなかったのだし」
「だからそれを口実に、奢りでも何でも巻き上げるんじゃないか。約束を破る奴等が悪いんだ」
 隆一の言葉に、静は数秒黙考し、
「お前、潰したのは態とか」
「……やべ…」
 気まずそうに、隆一は顔を背ける。
「道理でおかしいと思った。徹夜明けで無理してまで学校に来る類の人間でもないのに来て、あまつさえ予定通り調べるよう提案するなどとは」
 静は軽く眉間を引くつかせている。普段が流麗なだけに、怒りが判り易く浮き上がっている。
「……すんません」
 隆一は情けなく頭を垂れる。
 静は一転、笑顔になって、
「ああ、大丈夫だ。私は根に持つタイプじゃないから。その代わり、今ここで思いっ切りスッキリさせてもらうけど!」
 机を挟んだ向こう側から放たれる静の拳を、隆一は瞬きする事も許されず受けるしかなかった。
 数秒の間、衝撃と行動に隆一は忘我の彼方に飛んでいた。程無く復帰。
「ってえ。あのなぁ、殆ど話した事も無かった異性のクラスメイト相手に、本気で殴るか? しかもグーで」
 威力も生半可な男顔負けだし。その細腕の何処にそんな力があるのか。
「本気? 冗談。私にとっての本気は相手が死ぬまで殴り付けるつもりの時だ」
 静の冷めた口調に、言いようのない恐怖が隆一を襲った。
 やりかねない。日常描写を延々と続けて唐突になんていうのは、この作者の尤も望むところだ。所謂ファンタジーバトル系が好きな作者。戦闘シーンを書かなければ終わった気がしないとすら初期の頃は思っていた。
 この夏、二度目に出した作品が最終選考まで通過したらしいが、最終的に選ばれなかったのは技術不足、シナリオ不足もあるだろうが、最後の最後で主人公に血を、それも自殺と言う形で流させたの大きな要因だろう(一応助かったが)
 更には、本来学校に送る用の作品に戦闘描写を入れ、その所為でページ数が足りなくなり開き直って投稿用に書き上げている様な馬鹿だ。戦闘シーンとややの残虐描写以上に、ここには書けない様な恥ずかしい台詞回しが増えたのは言うまでもない。
「何だ今の電波っ」
 頭の中に流れてはいけない情報(宣伝)が奔り、隆一は必死に頭を振った。
「ああは言ったが、やり過ぎたか」
 不審そうに隆一を眺め、静は一人呟いた。
 高校の下校時刻を迎える前に、目ぼしい資料のチェックは終わった。
「お疲れ。後は私が期限までに家で纏めておくよ」
「うぃ。頼ンまーす」
 暑さと集中しての耐久力の作業に、隆一はすっかり蕩けてしまった。行儀悪く長机にへばり付き、静が貸し出しの記入を終えるのを見ている。
 図書館の管理を兼用している先生が、膨大な量に冷や汗を垂らしていて、それを気にも留めていない様子で静は荷物を取りに来た。資料は持ち帰る為に持って来ておいたバッグに、傷まないよう丁寧に詰めていく。
 詰め終わり手に提げて静は表情を歪める。しかし直ぐに引っ込めた。
「じゃあな」
 利き手でない左手を軽く上げて、彼女は去ろうとする。気付かなければ放っておいても良かったのだが、残念ながら隆一はそこまで自己利に生きられない。
「持つよ。ついでに家まで送ってく」
 静は女子の中では身長の高い方とはいえ、隆一の身長には及ばないので下から睥睨する。
「何の裏があっての申し出だ?」
「バッチリ根に持ってるじゃねえかっ!」
 スナップを利かせた漫才裏権が静の肩に当てる。パーンといい音がした。
 ――――あ、やべ。
 男に対して行う際と同じく条件反射でツッコンでしまった。幸い胸元に当たる事は無かったが、果て、どんな報復がある事やら。
「―――くく。面白いな、お前」
 予想外の反応に、身構えていた隆一の顔が呆気に取られる。
 静は気を取り直した、認めた者に向ける親しげな表情で、
「下手に勘繰ってもしょうがないな。手伝ってくれるというのなら、お願いするよ」
 笑っている間に下ろしていたバッグを、一瞬力を溜める仕草をして持ち上げ、突き出す。
「あ、ああ」
 それが手渡されている事に気が付いて、隆一は慌てて受け取った。
「――っと」
 予想以上の重さがくると判っていても、支えるのが一人に切り替わった所で思わず声を上げる。
「で、家近いのか?」
 持てない重さでは無いが、さっさと送り届けたい。希望的憶測から言葉が出た。
 静は呆れ顔で、
「それも知らずに言い出したのか。自転車で十五分掛かる距離だから、特別遠くは無いが近くもないぞ」
「歩きなら三十分超えるか」
「通学、歩きなのか?」
 自転車通学の生徒が殆どなので、静は意外に思って訊ねる。
「いや。……なあ、ものは相談なんだが……」

 キーを回してアクセルを吹かせる。快適にエンジンが唸って、準備O.Kスクランブルでも構いませんぜと、発信を促すシャドウ。
「五百CCバイクでの通学は、問題あるんじゃないのか?」
 高額な筈だが、金の事には触れない。
 事実としては、隆一が父親から受け継いだものである。
「残念ながら、レベルが高めで授業料が安い割に大らかなのが校風の学校でな。細かく明記されてなかったんで、駄目元で書類送ってみたら、許諾で返って来た」
「そうか。なら安心だ」
 で、と、荷物を指差す。
「お前の計画では、私と荷物をそれに乗せて、明日も学校に送ってくれるという話だったが――そのタイプに二人乗りすれば、この量の荷物は無理だと思うのは私の素人考えか?」
 ピシリと、隆一が固まり切らずに音を立てて罅割れた。考えてなかったらしい。
 静は叱責も諦めて、出来の悪い弟の様な同級生にテキパキと指示を飛ばす。
「まあ、私は自分の自転車で帰るから、荷物二つを後部に括り付けて、車体のキャパには勿体無い速度で後走するんだな」
「いや、寧ろお前が俺に付いて来い!」
「無茶言ってんじゃない!」
 身長差を物ともしない大振りの打ち下ろしが、隆一の眉間を正確に捉えた。

 静の乗っている自転車はクロスバイクとはいえ、自転車。
 流れて行く街並みは、そこそこ速い筈なのに、自転車の後ろをバイクが追い掛ける間抜けな帰路。
 静の宣言時刻より五分早く、二人は彼女の家に着いた。
 門構えは普通の家だ。通常の一戸建て。
 車は置いておらず、恐らくは共働きなのだろう。
「ご苦労さん。助かった」
 括っている紐を解いて、静は通学用のサックと、バッグを提げる。
「それじゃあ、今度こそさよなら」
 荷物を持つ前に開けていた玄関へと、静は重そうな歩みで進む。
 敷居の向こうの床に置いて、微かに流れた汗をハンカチで拭う。袖で拭わない辺り、きっちり女の子やっている。
「ん? どうした、まだ何か用か?」
 バイクの発進音が聞こえなかったので振り返ってみたら、同級生の男子はまだ庭と兼用の駐車場にいた。
「喉が渇いたのなら紅茶位出すが」
 彼女の誘いに隆一は、
「いや。ほら、お前は予定をずらさなかった俺達にも問題があるから、礼なんて要らないって言っただろ」
「ああ、言ったな」
 静は隆一の問う確認事項をしっかり確認させてやる。
 隆一は頷く。数拍の後、意を決して、
「けど、それだとやっぱり平等じゃないだろ。お前が一番適任って言っても、お前に押し付けてるのと一緒じゃないか」
 静は心底意表を衝かれた。可笑しさと下らなさも込み上げてくる。
「気にするな。能力の高い奴が重要なポストに就くのは至極当たり前の事だ」
「かもしれないけどな。ほら、俺の所為で今日も苦労させちまった訳だし」
 彼は彼なりに、責任を感じているらしい。
「かと言ってだな、私がお前らに奢りツアーを提案したとして、端から見てどうよ?」
 思い浮かべてみる。同年代のの女子一人に道々侍べ従う男子三人。しかも御代は全て男子持ち。
「言ってて哀しいが、控え目に言ってお姫様とそれに仕える臣下みたいな感じだな」
「だろう。しかも噂は肥大するものだ。『四人で遊んでいた』が、いつしか『一対四のデート』になり、『全員と付き合っている』になり、『行き着く所まで行った』になってもおかしくはあるまい」
「親ッパネぐらい跳ね過ぎじゃないか、そりゃ」
 隆一は麻雀を知らない人には理解不能な表現で、静の論法に疑問符を掛ける。
「その辺、割と気にする性質なんだ、私は」
 苦虫を噛んだ様な表情で彼女は返答する。
「意外だな。お前って噂とか気にしないもんだと思ってた」
「その手の噂は面倒で嫌いなんだよ」
 どうやら経験談があるらしい。そこまで深く聞き込む気は隆一にも無いので、それに付いての話は打ち切り、新たな手法を考える。
「むぅ。どうしたもんかね……」
 隆一は顎に手を当てて思慮している。似合わない事この上ない。
 あんまりにも滑稽な真摯さに、静は助け舟――して欲しかった事を出してやった。
「まあ、どうしても礼をしたいのなら、今度の日曜日にでも後ろに乗せてくれ」
 隆一は耳に届いた内容に思考の海から顔を上げる。
「そんなんでいいのか?」
「ああ。バイクには乗ってみたくてな。チャンスを逃して残念に思っていたんだ」
 斜に構えている人間には取って付けた理由に聞こえただろう。勿論彼女は嘘は言っておらず、隆一も一声、頷いた。
「よっしゃ。バイクの上で風切る感触、吹っ飛ぶ景色、全部味合わせてやる。
 もし気に入ったなら今度の日曜日と言わず、乗りたい時はいつでも言ってくれ。都合が付いたら乗せてやる」
「それは楽しみだな」
 茶化すでも煽てるでもなく、静は純粋に期待している。
「おう、んじゃ明日学校で。迎えに来ていいのか?」
「構わない。男が来たって、その辺は寛容な親だから」
「了解。楽しみにしてろよ!」
 喜ばせる自信に溢れた言葉と、エンジン音を残して、隆一は今度こそ去って行った。

 後日、決め忘れていた迎えの時刻を午後の一時と決定した。


 吹っ飛ぶ景色。
 しがみ付いていなければ振り落とされそうな風圧。
 撫ぜる風邪は痛いぐらい。
 箱の中に入っていては体感出来ないリアルなスピード。
 悪くない。楽しい。
「もっと飛ばせー!」
 静は舌を噛みそうになりながらも声を張り上げる。
 隆一は風圧の中で声帯から出た音を拾って、
「はいよ!」
 アクセルを回し、エンジンを更に激しく稼動させた。

 バイクは郊外の砂浜の見える道路に停車させた。
 バイクから降りる。
「いや~気持ち良かった」
 背筋を伸ばして、静はご満悦だ。
「そうだな、俺も別の意味で気持ちよかった……って、冗談です。冗談ですから鉄拳制裁は止めてください!」
 滑らせた口を必死に修正する隆一。
「それはそれで、ある意味失礼な気がするが」
「そ、そんな事より、ほら、ここが目的地なんだから下りようぜ」
 行き先も無く走るより、取って置きのいい景色を見せると言って、彼は走り出した。
 静は、そうだなと矛を引っ込めて、砂浜と道路を繋ぐ階段を下る。
 夏を越えたからか、幾分柔らかくなった砂の感触を踏み締める。
「どうだ?」
 先行して下りていた隆一が、まるでこの場の標の様に手を広げた。
 海水が空の色を反射させて蒼く光る。
 季節が外れている為、人影は皆無。
「いいね、これは」
 だからこそ、遠く地平まで見渡せる。その先に、別の世界が待っていると信じていた子供の頃の心のままに。
 少し重い質感の潮風が髪を靡かせる。
 懐かしい。
 静は靴と靴下を脱ぎ海へと脚を浸らせる。ワークパンツが濡れようがお構い無しだ。
 耳に届くのは波の音。胎児の聞く音と同じ、胎内の音。
「素晴らしいプレゼントをありがとう。感謝するよ」
 凛々しいのでもなく、綺麗なのでもない歳相応の可愛い笑みを浮かべられて、隆一はそっぽを向きながら「どういたしまして」と呟いた。
 水辺に佇む少女から眼を逸らしていた隆一は、水の跳ねる音に視線を戻す。
「何やってんだ、お前」
 声を掛けた先は膝元よりまだ低いか。
 静は何でも無い事だと、海と女地色の空を見上げて答える。
「判らないか? 海の中で仰向けになってる」
「そりゃ、判るし、したくなるのも判るけど。帰りどうするんだよ」
 平たく言ってビショビショだ。濡鼠だ。服が張り付いて下着の線や身体のラインがよく分かる。
「ああ、そうか。お前が濡れるな、悪い」
 静は隆一の思考のもろもろの事を考えていないらしく、的外れな謝罪をした。
「だが一度濡れてしまっては同じだ。更に濡れようが構わないだろう」
 全く、隙が無い様でいて、中々に無防備でいらっしゃる。
 が、だ。不思議と卑猥な思考には行き着かなかった。
 水音が一つ、静の隣で弾ける。
「ああ、こりゃいいな」
 濡れるまでに抵抗があろうと、濡れてしまえば気にならない。第一、濡れる事を、本当は何とも思っていない筈なのだ。何も着飾っていない子供の頃は泥塗れになって遊ぶのが当たり前だった。海があれば、飛び込んで遊んだ――――
 二人は童心に還って、温かに見守る太陽を臨み続けた。



取り留めも無く終わる








 習作です。バイクとかよく知りません






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