―――眠い。
平日の午前十時。太陽が見事に空に昇っている。
自分と同い年の、通常高校に籍を置く者ならば風邪でも引いていない限り、まず、高校で授業を受けている時間。貴明は家のリビングで何をする事もなくソファに座っていた。
るーこがいなくなってから数日、貴明は空虚な日々を続けていた。高校も休み、碌に睡眠も取らずに家に籠っていた。いつ、るーこが帰って来てもいいように。
「タカくん? 寝てるの?」
学校から帰って来たこのみがソファに背を預けて眠っている貴明に呼び掛ける。
「お昼はちゃんと食べたみたいよ」
同じく、貴明を心配して寄った環が、台所の食器乾燥機の中身が若干変わっている事を確認する。インスタント食品でない事は、変化後唯一明るい材料だった。
彼女の弟の雄二は買い物袋を下ろして冷蔵庫を開ける。
「昨夜、朝、昼で鶏肉と鰤食ったのか。朝は味噌汁と玉子焼きか?」
冷蔵庫の中の食品を取り替えながら、残ってない食品を割り出す。冷凍庫なら保存出来るのだが、それでは貴明が食べないので、家族全員大食の柚原家に貴明が一日で食べなかった食品を回していた。
「夕飯、何か作っていった方がいいかしら」
「やめとけ。やってる事だけはやらせてやんなきゃ、本当に何も出来なくなっちまうぞ」
雄二の辛苦が飛ぶ。
今の貴明の気持ちは雄二は分からない。だが、恋人が失踪した辛さとは、雄二の思っているよりずっと辛いものである事は予想がついている。周りに支えられ続けて腑抜けになっていく貴明は見たくない。本来なら買出しだってしたくないところだが、貴明が食品がない際に朝昼とインスタントで済ませていた以上これは仕方がない。
「…ん…んん」
貴明が短く呻く。次いで、表情を歪ませ欠伸をしながら身体を伸ばした。
「あ、タカくんごめん。起こしちゃった?」
「…いや、別に」
貴明は目元を押さえながら首を振る。寧ろ寝てしまった自分への叱責をしているぐらいだ。
「タカくん、テレビ点けるね。いいよね?」
「…ああ」
陰鬱な表情を浮かべ眼も伏せ気味の貴明を、このみは少しでも気分転換させようとテレビの電源を入れる。テレビは有体のニュース番組だった。
「タカくん、何か見たいものある? ないならこのままでいい?」
「…このみの好きにしたら」
このみは一々貴明の名を呼び、彼の判断を仰ぐ。そうやって呼びかけなければ、貴明が自分が誰であるかを忘れてしまいそうですらあったから。
台所から浴室へ移動していた環がリビングへ顔を出す。
「タカ坊、洗濯が終わってるなら取り出しておきなさい。アイロン掛けしておくわよ。外出に皺だらけのままでなんて行かせないんだから」
「…うん。ありがと」
姉貴分の外出を促す言葉にも、貴明は生返事だった。
キャスターから流暢にニュースが伝えられる。
『今日深夜から夜明けに掛け流星群が――』
「うわぁ~、タカくん、流星群だって。家から見えるかなぁ?」
「そう、だな」
貴明がほんの僅かそれに興味を示したのに、誰も気付かなかった。
貴明は夜半前。貴明は高校の屋上に忍び込んでいた。天体望遠鏡の機材も無断で持ち出し、じっと時に備える。
やがて降り出す星屑の雨。幾百幾千幾万の。こんなに一方的に星は落ちて来るのに、こちらから近付くには遠すぎる。
るーこは掟を破った。多分二度と帰って来ない。
四十五光年掛かるらしい彼女の星るー。大熊座47番星第3惑星。蝋の翼を持ったイカロスが如く、行こうとしても途中で消え落ちる。きっとそんな運命しか待っていない。でも、いつまでも待ち続けたいと貴明は思う。
だって俺とるーこは、夫婦なんだから。
流星群はピークを終え、やがて勢いも弱まり、完全に終了する頃には夜が明けていた。
貴明は欠伸を噛み殺して、機材を返し帰路に付いた。
眠気から頭がくらくらする。
歩行者信号が赤から青に変わり、貴明は条件反射で横断歩道に足を踏み出した。
向かって来ていたトラックが、止まると思い込んで――
朝刊の一面、流星群観測の記事の隅っこに、少年死亡の記事が載った。
るーこバッドから分岐しての貴明デッドエンドかつ草壁優季前日譚のつもりで書いたやつ