貴明は四泊五日の修学旅行から、本日帰って来た。学年の違うこのみや環と会うのも四日振りだ。
「タカくん、ユウくん。今日はこれからどうするの?」
 このみの問い。ニュアンスがやや違っていたが、貴明は気付かなかった。
「俺は疲れたし、取り敢えず一旦家に帰るよ。…それから郁乃に土産を持って行く」
 からかわれるいい種であろうが、貴明は最後まで告げた。郁乃の発言の所為で学園中の周知の事実であり、幼馴染三人には貴明自ら公表したのだ。今更隠してもしょうがない。寧ろ隠す方が受動でからかわれる分ダメージがでかくなる。
「そっか…よかった」
 貴明の予定を聞いたこのみは胸を撫で下ろした。
「何がよかったんだ?」
「え? な、何でもない。何でもないでありますよっ。じゃあ、このみ達は遊びに行ってるから、タカくんも来たくなったらユウくんに連絡してね」
「え、お、ちょ。俺だって疲れてるって」
 このみに取られた手を払おうとする雄二だったが、
「そう言わないの。町内野球で助っ人を頼まれてるんだからシャキシャキ来る」
 環の有無を言わさぬ引き摺りに敢え無く敗北した。
「貴明ぃ~! 助けてくれえ~!!」
「すまん雄二、諦めてくれ」
「薄情者ぉー!!」
 貴明は雄二に向かい合掌した後、このみと環の態度に違和を覚えながら家路に着いた。

 四日振りの我が家。玄関の鍵を開けて中へ入る。
「ただいま~」
 貴明は帰ってくる返事がないと分かっていながら、何と無く言ってみた。
「おかえり」
 予想に反して、返事は聞こえた。
 貴明は驚き、一対の靴更には車椅子まであるのに今更ながら気付いた。
 リビングの方から面積の少ない物体が床を叩く音と共に、返事の主が姿を見せる。
 生意気そうな、小柄で色素の薄い少女。
「何呆けてんのよ。自分で呼び掛けといて」
 郁乃は怪訝顔で貴明を臨み、口からは仰天の言葉を吐いた。
「今日、泊まっていくから」




そこはかとないSS



「ん~~」
 布団に包まり夢現の郁乃は、傍らにある心地よいあたたかさに甘えた声を上げる。
 自分とは違う、好きになったばかりの匂い。こうして好きな人の隣で寝ていられる事が、夢だった。或いは、好きな人が出来る事自体も夢だったかもしれない。
 ゆっくりと、貴明がほどけた髪を梳かす感触に、郁乃はむず痒そうに身を摺り寄せる。
「寝惚けてる時は、これまた随分な甘えん坊だな」
 酷く聞き捨てられない言葉でありながら、郁乃は全くその通りだと思った。
「五月蝿い…散々苛めたんだから暫く抱き枕になってろ」
「そりゃ失礼」
 貴明がパジャマ越しに郁乃の背中を抱き締める。抱き枕になっていろと言った直後に受動の姿勢を崩していたが、郁乃は何も言わなかった。

 十分ほどして郁乃は満足したらしく、貴明から身を離した。
 時刻は午前七時だったりする。朝帰りだ。不純異性交遊だ。固い学校なら停学ものだ。
 貴明の挨拶は済み、連絡は入れているが、両親は勿論姉もかんかんだろう。
 尤も郁乃に罪悪感はないし、言い包める手も考えている。何せ迎えに来なかったのだから、黙認している様なものなのだ。幾らでも言い負かせる。

 郁乃は貴明と共に部屋を出、階段を下りた。郁乃がトースターをセットし目玉焼きを作っている間に、貴明は幼馴染二人に最近では小牧姉妹にも侵食された冷蔵庫からレタスを取り出し千切る。
「けど昨日は驚いたぞ。いきなり泊めてくれって来るなんて」
「別にいいでしょ。疲れてると思って連れ回したりしてもないし」
「そうだな。いいものも見れたし」
 ベチャ。郁乃が引っ繰り返そうとしていた目玉焼きが潰れた。
「これあんたの分ね、スケベ」
「いや、俺が言ったいいものってそういう意味じゃなくて」
 貴明が慌てて弁解を始める。
「泊まりにきた理由が、『寂しかった』って言った事」
「~~~っ」
 郁乃は歯を食い縛って顔の色を紅潮させた。目玉焼きを弄るのは終わっていたので自分の分は平気だ。
 郁乃は平常を取り戻して、未だに女の子は苦手な癖に恋人には平気で、普段からかわれる事が多い分、こういった時に借りを返そうとする彼を見ずに言う。
「しょうがないじゃない。修学旅行で姉との思い出を増やされたのが、二つの意味で悔しかったんだから」
 自分が絶対に得られない思い出を共有する二人が。どちらに対しても。
 班が男女別である事は分かっているが、自由行動では一緒に行動していたらしい。まあ、それは自分へのお土産の相談が大半であったらしいが。
「休日を前に泊まるのだって、恋人だったらそこまでおかしくもないでしょ?」
 言いつつ郁乃は唯一、このみに車椅子を押してもらって家に先回りしていたのはやり過ぎたかもしれないとは思っている。
「…まあ、そうかな」
 貴明は照れくさそうに眼を泳がせた。
 トーストの上に焼き上がった目玉焼きを乗せる。貴明のは目玉が潰れて見るも無残だった。その上に更に千切ったレタスを。最後にコップに牛乳を注ぎ、完成。
「いただきます」
「いただきます」
 お互いはむはむと食べる。昨日は大いに失敗したが、流石にこれは問題無かった。
 貴明が牛乳を一口飲み、
「取り敢えず、これ食ったら一番に愛佳達に顔見せなきゃな。心配してるだろうし」
「そうね」
 郁乃は行儀良く、適切な回数分噛んでから嚥下している。その割には貴明と同じかそれ以上の速度で食べている。随分早い。
 そんな感じの、何処にでもある日曜日だった。





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