ちゃる、こと山田ミチルは今年中学に入学した、少々過激な事業を行っている会社の娘である。分かり易い商売としては、祭の裏の取締りをやっていたりする。
 ちゃる自身は自由に育てられ、父も浮気一つ無く、情に厚く義に生きる、そこらの父親に見習わせたいぐらい出来た父親だった。
 これはクラスメイトには知られていない。
 隠しているわけでは無いが、訊かれた事もない。
 まあつまり、ちゃるの人間関係に友達の部類が無いに等しく、親友が幼稚園からの付き合いのよっちぐらいしかいないのは彼女の人柄故である。誤解無きよう付け加えておくが小学生時代にはちゃんと級友は居た。別にハブられていたわけではない。その小学校の八割以上が入学している中学である。クラス分けは今見る所であるが、当然同じクラスにも級友―余程運が悪くとも知り合いはいるだろう。
 は、ま、み、や―あった。
「あちゃー。まーたあんたと一緒か~」
「…それはこっちの台詞」
 隣で額を押さえ天を仰ぐよっち―本名吉岡チエの名は、ちゃるも自分の名前を見つけた直後に見つけていた。頭がや、よなので、大抵最後尾近くで前後になっている。今回は、間に柚原このみという『う列』が入っていた。珍しく『や行』が全部揃っている。
「幼稚園時代からこの方九年、ギネスものっしょ」
「…そんなギネスなら、簡単に捏造出来そう」
 親が学校関係者なら幾らでも作れそうな記録だ。今回は純粋な偶然なので、腐れ縁を通り越して呪いにすら感じるが。
「あった! わたしのクラス、タカくんとユウくんと一緒のA組だって」
 空気を弾ませる幼い声。何処か冷めていると言われる自分とはまるで違う天真爛漫な声に、ちゃるは何と無く発声元を探した。
「人を留年したみたいに言うなっ。こちとら二年でも貴明と同じクラスでうんざりしてるっていうのに」
「これで十年目…だったか? いつまで続くんだろうな、この記録」
「いいなぁ~。このみも同い年だったらよかったのに」
「並んでも同い年に見えなさそうだけどな」
「ははっ。今でも中学生に見えやしないもんな」
「むぅ~。タカくんもユウくんも意地悪だよ。わたしだって、一年経ったら大きくなるもん!」
 声は意外に近く、少女は知り合いらしい上級生らしい男子二人と一緒にいた。憎まれ口も、拗ねるのも楽しそうな三人。
「記録、上には上がいるもんね」
「…大丈夫。まだどっちも継続中」
「こっちが別れなきゃ悪くても同点ってこと?」
「そういうこと」
 平均的な身長のちゃるから見ても小柄で、可愛らしい少女。自分達と似た関係の上級生の友達がいる。ちゃるが少女に抱いた第一印象は概ねそんなところだった。

 入学式の前に荷物を置きに一度教室に入る。体育館に入場するのはその後だ。今現在教室にいる一年間共に勉強する面子は、席に座ったり小学生時代の友達と話したりしている。
 緑色なのに黒板と呼ばれる板には、入り口側の教壇寄りの席から縦に出席番号順の旨である事が書かれていた。
 ちゃるはもう始業では慣れた窓際の席に荷物を置いた。
 よっちも条件反射でその後ろの席に荷物を置く。
「あれ?」
 隣からした疑問符にちゃるとよっちは視線を向ける。隣には先刻の少女がハテナ顔で黒板と山田ミチルの一つ後ろの席、即ち吉岡チエが荷物を置いた席を見比べていた。
「えっと、そこってわたしの席だと思うんだけど」
「へ?」
 よっちが変な声を出す。習慣付いていて、まだ気付いていないようだ。
「…よっち、今年は連番じゃない」
「あ、あぁ~。ごめんごめん、つい癖で。っていうか、あんたも気付いてたんなら教えなさいよ」
「今気付いた。早く荷物どけろ、タヌキ。柚原さんが困ってる」
「タヌキ言うなっ。と、ごめんごめん」
 よっちは右手で本来の席の持ち主に謝る仕草をしながら、左手で荷物を持った。
「ううん、別にいいよ。それより、二人とも仲いいんだね」
 このみはにぱっと甘い笑みを浮かべる。今時珍しい、邪気一つない天然の笑顔。可愛らしく、ぱっと見年下に見えるこのみにそれをやられたら。
「くぁ~。この子可愛い! 持って帰りてぇ~!」
「…同感。…けど、犯罪」
「ほへ?」
 首を傾げる仕草も、あざとさ全く無しの自然っぷり。天然記念物がここにいた。
 その後、前後の席の縁で先んじて簡単に自己紹介を済ませる事にした。
「じゃあ、まずわたしから」
 まずは三人の内、小学校の違うこのみから始めた。

「じゃあ二人は幼馴染なんだね」
 二人の紹介を聞き、このみは得心した様にうんうん頷く。
「…そっちは?」
 ちゃるは大体予想は付いているが、クラス分けの際の上級生との関係を訪ねてみた。
「タカくんとユウくん? 幼馴染だよ。タカくんとはお隣さんだから、いつから知ってるのか分からないけど」
「そっちも大概長いね~」
 よっちが感心した声を出す。ちゃるも同じ感想だった。
 程無くして、黒板に書かれている入場しておくのに望ましい時間になったので、自然と三人で体育館に向かった。
 一階に降りて、慣れない廊下を進み、渡り廊下へ。体育館前まで来て、このみが一歩飛び出し、ぴょこんと振り返った。
「これから宜しくね、よっち! ちゃる!」
 一番最初に自己紹介した為、済崩し的に遅れてしまったこのみの二人に対する辞令。ミチルはちゃると呼ばれるのは、実はよっち以外では初めてだったのだが、不思議と悪い気はしなかった。
「宜しく! このみ!」
「…このみ、宜しくね」
 きっと長い付き合いになる。そんなちゃるの予感通り、この春、三人は親友になった。






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