我等が団長様が望んだからか読書好きの宇宙人が同じクラスにいる光景にも慣れ、一年前の憂鬱な悪夢をいい加減忘れる努力を放棄して久しくなった高校生二回目の六月が終わる頃。俺達SOS団は悲しくも日曜日にジャージで集合していた。そう、ジャージでだ。私服でなければ制服でもない、カラーだけは揃えようとしたのか学校指定のジャージを着ての現地集合。あ? 現地って何処かって? 市営グラウンドだ。知ってるか、棒二本に網を張ったものが対称に置かれてるんだぜ。そこに黒塗りの五角形の革十二枚、白塗りの六角形の皮二十枚で構成された切頂二十面体のボールを蹴り込むスポーツだ。
そう、忘れよう忘れようと思っても忘れられない灰色世界での出来事と違い、放っておいたら思い返すことも無く記憶から自然に無くなりそうな、宇宙パワーを使って大逆転勝利を収めたベースボールフィールドの隣にあるサッカーフィールドに、俺は立っていた。
ここ一年、特殊な状態を除き欠かさず馳せ参じている文芸部部室―実態は学校非公認活動組織SOS団のアジトで俺は、ただでさえ見目麗しい上今はメイド服を着て衣装効果まで付随した心の天使朝比奈さんが淹れてくれたお茶を啜っていた。この人は全く見飽きる事がない。新一年生達からも結構な数のファンが居るんだそうだ。鶴屋さんから聞いた。今年も同じクラスらしい。このお二人は最高学年だ。来年どうするんだろう?
ペラ、と本を捲る音は長門の担当だ。ページを読み終わるリズムが一定でしかも速読である為、ハルヒが居ない部室ではメトロノームのように心に静けさを提供してくれる。
で、俺と向かい合って劣勢な状況でも次の一手をニヤケ面を絶やさずに考えている古泉。超能力者で理数特別クラスのくせにゲーム全般に妙に弱い。いっそわざとじゃないかと思うね。賭けを原則にすれば本性が出るかもしれん。
「僕はそれでもいいですよ。貴方には毎週昼食を奢って頂いていますし、高校生らしい金額でなら」
言いつつ、守りを固めようと飛車を引く。
「そう思うならたまには遅れて来い」
「僕には手厳しいですね。長門さんがわざと遅れて来た時など『気にしないでいいから普通に来い』と言っていたのに」
「長門と朝比奈さんは別だ」
長門には世話になってるし、朝比奈さんはそこに居てくれるだけでいい。が、お前とハルヒは金出せ。ここに居ない唯我独尊を絵に描いたような団長にして創立者にも毒を吐く。
以上。今年度の文芸部部室内活動者の総勢だ。去年から増えてない。ハルヒの無茶過ぎる部活動紹介の影響だろう。本を読むのが好きでも、文を書くのが好きでも入部しようとは思うまい。況してや、『世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの団』には。
「遅れてごっめーん!」
別段待っていたわけではないが、無ければ無いで寂しい溌剌とした声で、特別クラスの古泉を除いて同じクラスに固まった最後の二年生、団長の腕章を既に袖に付けている涼宮ハルヒが騒がしく登場した。ドアがバタンバタン鳴っている。そろそろ耐久力が尽きるかもしれん。長門と相談しておこう。
が、今はハルヒだ。正確にはハルヒが持っているチラシ。あれ、何か既視感。去年もこんな事があったような。
きっとこいつはデフォルメイラストが添えられたチラシを突き出しつつこう言う。
「サッカー大会に出るわよ!」
ほらな。
無駄だと思うが、取り敢えず注進するか。損な役回りだが、長門は本読んでるし、朝比奈さんはカナリアのような声で狼狽えていて、古泉はイエスマンだから俺しかいないんだ。
「前も言ったよな。サッカーは野球より人数掛かるんだぞ」
「十一人でしょ。知ってるわよ。勉強したんだから」
胸を張るハルヒ。ギャグで言ってんじゃないぞ。
「……で、不足二人はどうするんだ?」
「取り敢えずあたしは阪中を誘うわ。あんたは…えーとなんだっけ? そう、ミヨキチを連れて来なさい!」
「ミヨキチをか!?」
「そ。小学生が二人になるけど、丁度いいハンデでしょ」
ハルヒは団の優勝をちっとも疑っていない声で言った。どっから出てくるのかこの自信は。俺はつくづく疑うね。こいつがメンバーの素性と、自分の変態的パワーを知っているんじゃないかってさ。
こうしてハルヒの鶴の一声により、昨年は何とか説得して出場受付をしなかったサッカー大会にSOS団がエントリーする事になった。
今日から昨年同様、例によって試合までの数日グラウンドを占拠して、サッカー部が無い為野球部を臨時サッカー部に変更して協力させ、特訓中朝比奈さんが泣きべそをかいたり、古泉が校内球技大会でも見せた司令塔的技術を披露したり、長門がインチキ抜きと野球の時のような事がないようにルールを調べるよう言った翌日から割りと積極的に動き出したり、ハルヒにオフサイドを理解させるのに俺の拙い知識で説明したりと色々あったのだが、それは割愛する。
そんなこんなで迎えた当日。
「すまん」
集合前、シャミセンを入れたキャリーケースとスポーツバッグを持ち妹を連れ、メンバーと初対面のミヨキチを迎えに行って早々、俺は謝った。誘って頷いてくれた時には感謝を、実際その時になると謝辞が出るとは、我ながら小心者だと思う。
「いえ、本当に気にしないで下さい。体動かすの、好きな方ですから」
そういうミヨキチは小学校指定のジャージを着ている。と言っても高校のものと若干デザインが違うくらいなので、妹のジャージと同じデザインだと気付かなければ小柄な高校生に見えることだろう。少しの間にもシャミセンを出して戯れている小さな親友とはえらい違いの大人びた少女だ。こいつなんて一桁に見えるからな。もう一つ、髪をいつぞやの三つ編みではなくストレートポニーにしているのもグッドだ。俺にロリ属性はないがポニーテールは素晴らしい。
ポニーテールと言えば、ハルヒもだ。セミロング―時間遡行で出会った中一の頃より少し長いぐらいに髪が伸びたあいつは、運動する時にはポニーテールにするようになっていた。やや長さが物足りないものの、覗く白いうなじや手入れの行き届いた髪艶等総合的に見れば、俺のポニーテール萌えは充分に満たされる。見る度にあの悪夢もフラッシュバックするが、眼福に預かれるなら安いもんだ。期待しておこう。朝比奈さんと鶴屋さんもすればいいのに。今度進言してみるか。
集合時間の八時よりも少し早めに到着する。なのにやはりというか全員いた。
「あなたがミヨキチね。あたしが団長の涼宮ハルヒ。で、このハンサムくんが副団長の古泉一樹くん」
「よろしく、吉村さん」
相変わらずの爽やかスマイルで軽く会釈する古泉。ミヨキチが返礼する前にハルヒはある人物を讃える様に両手を差し向ける。
「小柄で寡黙なこのこが、SOS団の万能選手!」
「……長門有希」
名乗ると共に、瞬きとは違う瞼の開閉で会釈とする。その初対面には友好的なのか否なのかも分からない態度に、ミヨキチは戸惑っている。
「んで、あたしがSOS団の名誉顧問の鶴屋さんさっ。めがっさよろしくね、ミヨキっちゃん!」
自分でさん付けするのはどうなのだろう。この人らしいといえばらしいが。
「え? ふえぇぇぇっ!?」
そして朝比奈さんの番なのだが、自己紹介しようと吸い込んだ息は意味ある声となって出ることは無かった。ハイテンションの鶴屋さんの陰に隠れてハルヒが暗躍していたのだ。背後から抱き付き、たわわに実った双房を揉みしだいた。
「で、このロリ顔巨乳の女の子が我がSOS団のマスコット朝比奈みくるちゃん」
「は、はあ」
過激なスキンシップにミヨキチは頬を染めてどうしたものかと視線を彷徨わせている。俺は呆れた心境で、ハルヒを朝比奈さんから引き剥がした。
「で、彼女はSOS団の友達とは関係無いけどあたしの友達の阪中。阪中は妹ちゃんとも初めてだったわよね?」
「よろしくね、吉村さん、妹さん。このコは愛犬のルソーなのね」
「そ、J・J」
今日はコーラス部は休みらしく、問題無く阪中も参加していた。阪中に抱かれたルソーは返事をするように人懐っこく鳴いた。
「で、準団員の谷口と国木田。国木田はもしかして知ってる?」
「はい、何度かお会いしたことがあります」
「高校に入ってからは、初めてだけどね」
国木田が微笑を浮かべている横で、谷口がこれで小学生かなどと危険な独り言を呟いていたので殴っておいた。
「ところで、ポジションはどうするんだ?」
自己紹介も終わり新たなメンバーが打ち解けている間に、俺はハルヒに尋ねた。
「アミダ! って言うのも考えてたんだけど、有希が考えてきてくれるって言ってたのよ。あたしのポジションだけは不動にするように言っておいたけどね」
長門が? 驚き姿を探すまでも無く、思いの外サッカーに意欲が有るらしい宇宙人はA4半紙を持ってすぐ傍まで来ていた。思わず声を上げる俺に長門はミリ単位で首を傾げるが、何でもないというと定位置に戻した。
「それがそう?」
ハルヒに倣い、俺も長門が握る半紙を覗き込む。
発表しよう。長門が決めたシステムとメンバーポジションを。
長門が組んだポジションは、行き当たりばったりなハルヒとは違って素人目にもまともだと感じるものだった。
まずハルヒのFWは希望のそのままだろう。無くてもFWにしたに違いない。阪中が相方なのは球技大会を参考したのだろうか。
AMF、十番の古泉は癪だが当然か。周りのメンバーを見るとBMFの鶴屋さんと実質二人で中盤を頑張ってもらうことになりそうだ。朝比奈さんはボールが来たら動けなくなりそうだし、妹はボールを追い回すだけだろう。谷口は運動力はそれなりでも考えて走れるとは思えない。
「DFはわたしが統括する。吉村美代子の方がオフサイドトラップ指示に的確に動いてくれると判断した」
長門も同意見のようだ。谷口よ、中盤で走り回って鶴屋さんの運動量と朝比奈さんのフォローを頑張ってくれ。
で、俺がGKなのは一体何でだ? 見たところセンターラインをしっかりさせる題目で組んでるようだが、だったら鶴屋さんをGKにして俺と谷口が中盤で必死こけばいいんじゃないか? それとも、自分がDFだからシュートまで行かないと判断してか? 谷口より評価が低いのは噴飯物なのだが。
俺の疑問に、長門は端的に答えた。
「あなたのセービングに期待している」
クラっと来たね。
正直休日返上のこの大会に乗り気ではなかったが、スポーツで珍しく長門がやる気を出しているのに水を差すほど空気が読めない俺じゃない。何処までやれるか分からんが、できる限りやってやるさ。
保護者的感覚交じりに燃えていると、何かが頭に置かれた。
「何だこりゃ?」
「見て分かんない? 帽子よ」
犯人らしいハルヒがこいつ大丈夫かといった顔で言う。
「それは分かってる。何で帽子なんだ?」
「何言ってんのよ。キーパーといえば帽子でしょ。SGGKだって被ってたじゃない」
勉強ってキャプ翼かよ!
試合前に大会の概要を説明しておこう。この市民大会は野球大会と同じく十回目。歴史は浅いが真面目な大会なのも同様だ。試合は二十五分ハーフ。延長は無く即PK戦。出場チームは八なので、今日中に終わらせるらしい。
一回戦の相手はTHE商店街。映画撮影の際に世話になった大森電器店とヤマツチモデルショップの店主らも参加している。映画撮影第二段を期待されているようだ。挨拶した時そう言われた。
「手加減しないわよ!」
これはハルヒの弁。相手も遊びだけで参加したわけでなく、優勝は狙っているらしい。失礼ながら、メンバー的にはいい勝負が出来そうだと俺は思った。
ユニフォームなんぞ用意していない俺達は大会役員からゼッケンを借りた。
ハルヒの奴は腕に自前のキャプテンマーク(いつもの腕章にキャプテンと書いたもの)を巻いている。
「ルソー、少しだけ我慢しててね」
阪中はルソーをキャリーケースに入れている。大人しいんだが規則は規則だ。うちの愛猫もキャリーケースに入ってもらう。SOS団のたった二匹の応援だ。THE商店街の方は子ども連れなのか、チラホラいる。
「キョンくーん、サイズ合わないよー」
俺が一人色違いのGKゼッケンを着ている横で、妹が困ってない風に袖と裾を遊ばせている。折るぐらい自分でやりなさい。
コイントスの結果、SOS団からのキックオフ。ポジションに散る際、ハルヒと古泉が何か打ち合わせらしきものをしているのが見えた。ま、GKの俺には関係ない。アタッカー同士頑張ってくれ。
ホイッスルが鳴り、古泉が殆ど触れるだけの第一タッチをする。そのボールに走りこんだハルヒは、スラリと伸びた脚をやおらバレリーナもかくやと言う具合に振り被った!
「喰らいなさいTHE商店街! これがあたしのSOS(サッカーで思いっきり点を取る涼宮ハルヒ)シュートよ!」
口上と共に放たれた、明らかに唯思いっきり蹴っただけのシュートは進路上にいたフィールダーを吹っ飛ばし、GKに反応すら許さずネットを突き破り金網に突き刺さった挙句、破裂してしまった。
「…………」
これは長門ではない。俺の、と言うより、ハルヒと長門とケラケラ笑っている鶴屋さんと「凄い凄い」と無邪気に喜んでいる妹を除いた総意の沈黙であろう。ああ、結構いるな、例外。古泉はもう笑うしかないといったスマイルだ。お前はぎりぎりこっち側だったか。
審判が戸惑い気味にホイッスルを鳴らす。SOS団、キックオフゴールで先取点。相手フィールダーの一人は治療の為一旦フィールドの外へ。
中断の隙に俺は長門を呼ぶ。
「今のは一体何だ?」
「涼宮ハルヒの能力」
それは分かるって。
「恐らく彼女が参照した書物が原因」
ああ、そういえばキャプ翼だったな。確かにあの当時の国民的サッカー漫画はサッカーボールで人が吹っ飛ぶ漫画だった。コンクリートすら割っていたからな。
けど、ハルヒに常識があれば発現しないんじゃなかったか?
「彼女はサッカーと言う競技に疎い。ルールも、起こり得る事柄も僅かしか知らない。だから書物を鵜呑みにする。影響を及ぼす」
分かり易い説明ありがとう。つまりハルヒの変態的パワーにより、名前付きシュートを全力で放てば人が吹っ飛ぶと、そういう事らしい。んなアホな。
「てか、不味くないか?」
サッカーに携わる競技者にはいい迷惑だ。いや、事態はそれに留まらない。人間がそれを認識した時、サッカーボールは凶器指定を受けることになりかねん。笑い話にもならんぞ、それは。『それそれ』五月蝿いのは馬鹿らしくて何度も言葉にするのが嫌だからだ。
「大丈夫、古泉一樹がフォローしている」
見ると、確かに二人は話していた。口八丁手八丁のあいつだ。この事態をハルヒに納得させ、認識を是正してくれるだろう。そう願いたい。
「最悪の場合は情報操作をする」
そうだな。
「競技成立時から、人間はサッカーボールで宙を舞っていたことにする」
……あの、長門さん? 無口な上に天然ボケ属性まで追加する気ですか?
冷や汗を流していると、長門は俺にしか分からないぐらいの量、瞳に悪戯の色を付けて。
「今のは、軽いジョーク」
引き攣った苦笑しか返せない状態で、俺は思った。
古泉、ハルヒに殺人タックルも漫画だからだと忘れず教えてくれよ。
ネットはそのまま、ボールを取り替えて試合再開。心なしかTHE商店街の顔色が悪い。早いチェックで鶴屋さんがボールを奪い古泉へ。一人抜き、DFを引き付けたところでマークの外れた阪中へ。阪中はチェックを受ける前に、ハルヒがマーカーのラインを上げさせたお陰で出来たスペースにパスを送る。阪中が蹴り出す前に、ハルヒはそこに走り出していた。息ピッタリだ。
「いけぇっ! ノートラップランニングボレーSOSシュートォッ!!」
またか。俺は頭を抱えたが、今度は吹っ飛ばし効果は無かった。証拠に、敵のGKは正面に飛んできたボールをお手玉しつつもキャッチしていた。
フィールドに流れる安堵の息。ホント良かったよ。因みに後ろから来るボールをダイレクトでボレーするのはかなり難しいらしいのだが、このシュート名では凄さが伝わらないと思う。無駄に長い名前も然ることながら、元ネタのFWが―これ以上は怖いので言わないでおこう。遅い気もするが。
気を取り直していく。マイボールにしたTHE商店街は、今度は慎重に古泉と鶴屋さんを避けてパスを回し、攻め上がってくる。朝比奈さんと妹のポジションを狙っていくのは当然だろうな。
そしてついにラストパス、裏を取られたか、と思いきやホイッスルが鳴った。線審の旗が上がっている。
オフサイド。
長門が仕掛けた。それは間髪入れないリスタートにも言えた事で、白く儚い容姿からは想像出来ない高空のロングボールを蹴り出す。相手ディフエンスの最後尾に留まっていたハルヒが駆け上がる。DFはハルヒの脚に付いて行けない。GKが飛び出す。好判断、クリアされたか。
「!?」
ボールが地面にバウンドした瞬間、強烈に跳ねた。ハルヒの側に。表情は見えないが恐らく驚きつつ冷静にトラップして、GKの頭を超えるシュート。決まった。2点目。
「有希ー! ナイスパス!」
ハルヒは最前線から最終ラインまで戻って来て長門を抱擁する。長門も言葉にはしていないが、されるがままの姿は無言でナイスシュートと言っている雰囲気だ。
分かち合う友情の光景。二人とも美少女だし、実に絵になるね。
お、怪我人が戻って来た。大事じゃなくて安心した。
その後、THE商店街の中央からの攻めは鶴屋さんと古泉、時に阪中とハルヒも交えた早いチェックと、長門指示によるオフサイドトラップで潰した。布陣的に懸念されたサイドからの攻撃に関しても、ドリブルで抜くのは漫画のように簡単ではなく、ミヨキチか国木田が殆ど零れ玉にした。それをおまけの谷口と妹を含めた五人の誰かがフォローしていた(朝比奈さんは……描写していないんだ、察してくれ)結果相手のシュート六本中五本がロングシュートで、俺は全てセーブすることが出来た。
「当然でしょ、エリア外シュートなんだから。全部キャッチしてほしかったぐらいだわ」
言いつつ、ハルヒはご機嫌だ。というか、マジでPA外絶対防御付いて無いだろうな。
「ない。付加情報は確認されない」
そうか。ま、お前の期待に応えられてよかったよ。
一本だけ放たれたPA内シュートは枠を外れてくれたし、俺は無失点だ。
長門の頷きが一般的な傾きだった。満足なのだろう。
我等がキャプテンは懸念されたカードも無くダブルハットトリックの活躍で、古泉が2点、鶴屋さんと阪中も1点ずつ決め、10―0とSOS団の圧勝だった。THE商店街の背中が煤けている。気の毒に。因みにアシストは古泉が4、阪中が2、長門が1だった。数が合わないのは古泉の直接フリーキックによるものと、阪中の零れ玉捻じ込み、鶴屋さんの敵クリアボールを拾ってそのまま放たれたロングシュートだからだ。
一回戦突破。
他チームが試合をやっている間に近場にあったペット入店OKのファミレスで昼食を摂る。いつかの様に奢らせられるのではないか、今回は臨時収入無しで恐々としていた俺であったが、何とハルヒは割り勘を申し出た。
「どうしたんだ一体?」
「何よ。あんた奢りたいの?」
「いや、すまん。割り勘で頼む。割り勘バンザイ」
フンとハルヒは鼻を鳴らし、メニューを手に取った。
「おそらくは」
隣に座りやがったハルヒの精神分析家の古泉が求めてもいないのに意見を述べ始める。
「機関誌を覚えていますか? そう、年度末も差し迫った時期に、僕が企てた戦争の事です」
止めても言うから垂れ流させておこう。でも、これだけは言わせてくれ。顔が近い。
ミヨキチの溶け込み具合を観察する。まだ一歩引いた感じはあるが、そら相手が初顔合わせの高校生では仕方ない。印象自体は好印象そうだ。
「あなたの書いた小説で、吉村さんはこう言いましたね。『付き合ってもらったのはわたしですから、自分のぶんは自分で払います』と」
妹の親友の名前が出たので意識を傾けてやる。
「勿論、今日の大会涼宮さんは付き合ってもらっているという意識は皆無でしょう。これからも、集合で最後なら罰金は取られると思います。ですがこの場では、謙虚なところを見せたかったのですよ」
「―――」
謙虚なんて綺麗なものじゃないだろ。それは見栄って言うんだ。でも、これを教訓に程々に懐の深さを見せてくれるのを期待しておく。古泉の予測を裏切ってくれよ。
そんな思いでサンドイッチセットを食べているハルヒを見る。俺の注文した鰤定食はまだか。ハルヒが頼んだもう一品のミートソースパスタよりは先に来てくれよ。
「でもサッカーって普通ね。楽勝だったしさ」
そんなとんでもサッカー大作は平成初期までだ。
「つまんないからやめるとか言う気か?」
「そんな訳ないでしょ? 出たからには優勝するわよ」
「そうだよキョンくん、当たり前のことっさ!」
「この調子だとマジいけそうだしな、と」←これは谷口な。いや、念の為だ。
「お待たせしました、シーフードカレー、モンブランケーキセット、鰤定食のお客様」
ウェイトレスのお姉さんが来たので一旦話題が止まる。料理を受け取りながら、俺は不覚にも谷口の意見に同意していた。いやほんと、調子に乗ってたね。
午後二時。ホイッスルが鳴り響き、準決勝が開始した。対戦相手の社会人チーム、何だったか、チーム名は忘れてしまったが、その実力は商店街の親父達とは比べ物にならなかった。どうやら一回戦を勝ち抜いたお遊びチームはうちだけのようだ。
パス回しが早く正確で、早いチェックでボールを奪うのが困難だ。ロングボールに対する長門のオフサイドトラップは流石に有効だが、サイドラインからの突破を何度も許す。こればっかりはどうしようもない。センタリング、ドリブルからの切り込みと、攻め手が段違いだ。当然、被シュート数も増える。俺は前半だけで2点を許してしまった。2点で済んだのは、鶴屋さんがDMFから更に下がって実質長門とダブルストッパー状態だったからに他ならない。
「さっさとボール取りなさいよ! アホー!!」
我等がキャプテンはセンターサークルからここまで聞こえる大声で怒鳴っている。気の短いハルヒが焦れてボールのあるところまで走って来ないのは、戦術とか信頼以前に、一重にリードしているというのがあるんだろう。そう、勝ち越しているのだ。3-2と僅差でSOS団が。
どうやら古泉のテクニックとハルヒのストライカーっぷりはアマチュア市民レベルでは止められないらしい。プロテストでも受けるといい。古泉は無理かもしれんが、ハルヒは間違ってJリーグチームのテストを受けても合格しそうだ。
長門が相手のロングシュートに足を出し弾き、鶴屋さんが大きくクリアしたところで前半は終了した。
「キョン! あんたこれ以上失点したら死刑だからね!」
「無茶言うな。あんなん素人が止められるか」
十分間のハーフタイム、ハルヒは早々に俺の不甲斐無さを指摘した。
「あんたは唯の素人じゃないの! SOS団の守護神なのよ! 鉄壁で無きゃいけないの!」
指を突きつけられる。どんな論理の飛躍だ、それは。
「す、涼宮さん。そんなに言わなくても。キョンくんがんばってますよ。キョンくんに比べたら、あたしなんか……」
「みくるちゃんには期待してないから」「朝比奈さんはいるだけでいいですから」
容赦を知らないハルヒの言葉に朝比奈さんは半ベソで俯き、疲労以外に精神的要因も絡んでいるであろう覚束無い足取りで舎内に入りベンチに座り項垂れてしまった。まるで部屋の隅で体育座りしているようだ。朝比奈さん、すみません。どんなフォローしても、きっと逆効果ですよね。ああ、ほら。阪中がキャリーケースからルソーを出してくれています。それで気を紛らわせていてください。
ベンチに座ってスポーツドリンクで水分補給、タオルで汗を拭いていると、
「ごめんねキョンくん」
「すみません」
妹とミヨキチが謝ってきた。
「気にすんなよ。大人と子どもなんだから。楽しくやろうぜ」
口ではそう言いつつも、身体の方は正直だ。汗が止まらん。運動量自体はフィールダーに比べれば少ないが、精神の磨耗が体調に影響を与えて嫌な汗が出ている。素人だからと言い訳しても、楽しくやれれば良いと思っても、真面目に試合すれば勝ちたくなるわけで、俺が抜かれる=失点なわけで。
「はぁ……」
溜息も出るってもんさ。勿論、隠れて吐いたぜ?
後半開始。ポジションは前半途中、鶴屋さんが行ったダブルストッパーが正式に採用された。長門と鶴屋さんと古泉、戦術担当三人で話し合ったらしい。
結果、こうなる。
ゼッケンはそのまんまだ。フィールダーは色さえ合ってりゃ好きな番号でいいからな。阪中を下げ、ハルヒの1トップにし、古泉にはボランチ気味に構えてもらう守備的な布陣。
攻撃には阪中と古泉も参加するが、頼りはやはり我等がキャプテンハルヒだ。この試合も相手に侮りがあったとはいえ、前半だけでハットトリックだしな。期待してるぜ。
このポジションチェンジが功を奏したか、後半は膠着状態に入った。小競り合いが続き、後半十分が過ぎた時点で、前半の同じ時間帯に比べ両チーム共シュート本数が半減していた。マラソンの先頭集団で皆が皆顔色を窺っている状態。相手としてはこれでいいんだろう。この状態が続けば脱落するのは順当に弱いチームだ。ビハインドがあっても1点は取れると確信しているのだ。
誰か仕掛けてくれ。長門と鶴屋さんのお陰でコースが限定されたシュートを何とか弾きながら、俺は追加点を待っていた。
後半十二分。抜け出たのは、意外にも阪中だった。ハルヒにマークが集中し、ポジション的にも下がり、前半目立たなかった彼女への警戒を怠った。ドリブルドリブル――――
笛が鳴る。倒された場所はPA内。
女の子相手に、とも思ったが、それだけ真剣なんだろう。
「やったわね、阪中! 大丈夫?」
駆け寄っているハルヒが言っているのはこんなところだろう。
キッカーの古泉が冷静に決め、4-2。
後半二十分に1点差にされるも、4-3で辛うじて逃げ切り勝利。
「は…あ」
天を仰いで息を吐いた。非日常なら兎も角、日常でここまで息が詰まった事は、中学のプールでやった巣潜り勝負でだって無かったぞ、全く。あと一戦あるとは、嬉しいやら悲しいやら。
試合後の挨拶もそこそこにベンチに戻る。
バッグを開けスポーツドリンクを手に取る。喉は湿ったが足りない。隣にいる妹も同様で、顔を空に向け水滴以外空になったペットボトルを口に対して垂直にしている。
「行儀悪いから止めなさい。買ってやるから」
「ほんと?」
咥えたまま喋るかと思ったが、きっちり離してから喋った。教育の成果は出ている模様。親の気持ちが分かるな。小学六年生がやるには当たり前すぎることで感じるのは何だが。
くい。
財布を探していると裾が引かれた。
振り返ると長門が立っていた。裾を握っていない左手の指に、二本のペットボトルを挟んで。
「どうぞ」
右手に一本を持ち替えて差し出してくる。俺達兄妹は、お前の眼から見てもそんなに渇いて見えたのか?
「聞こえただけ」
それはそうか。じゃなきゃドリンクは持ってこないよな。
「有希ちゃんありがと~」
俺が何か答えるより先に、妹は長門から一本を受け取っていた。
「いいのか?」
「いい。体温が上昇した身体で冷えたものを摂取すると、体調を崩す恐れがある」
「けど、お前の分は」
「余分に買ってある。問題ない」
宇宙的パワーを使っていない長門は白い肌を上気させて汗を掻いているので心配したのだが、その辺俺と違ってしっかりしていた。
「分かった、サンキュな」
ぬるめ、しかし適温と言えるだろう温度が容器越しに伝わってくるドリンクを受け取り、代金を払おうとすっかり緩くなった財布の紐を開けようとするのを、長門が制した。
「いい、わたしの奢り」
「いや、けど」
「…………」
不揃いの前髪の奥で、宇宙色の瞳が見つめてくる。俺は財布をしまい、もう一度言った。
「サンキュな」
「キョーーンンっ!!」
長門に貰った飲料を飲んでいると、機嫌良く阪中らと談笑していたハルヒが輪から離れやって来た。
「失点したわね」
くそ、覚えてやがったか。分かったから、テストで答えは合ってるけど計算式のミスを見つけた数学の教師みたいな顔をするな。
「死刑は勘弁してあげるわ。寛容な心でね。でも、罰は受けてもらうわよ」
一体何をさせられるのか。てか、お前も後半無得点じゃねえか。
「いいのよ、あたしは。前半ハットトリック決めたし」
じゃあ俺も勝ったんだからいいって事にしてくれよ。
「だめよ。そうね、次回の市内捜索、その費用の全額負担にしましょう」
参考までに聞くが、何処に行く気だ。
ハルヒは高々と宣言した。
「遊園地!」
理由は?
「あたし、考えたのよ。宇宙人や未来人や超能力者だって、どうせいるなら楽しいところにいるんじゃないかって。ちょうどリニューアルしたし、遊んでそうじゃない?」
遊んでそうじゃないな。でも、晴れ晴れとしたハルヒの顔を見ていると、反論する気も起こらなかった。
俺は両腕を上げ、掌を上に向けて、封印しきれない言葉を呟いた。
「やれやれ」
古泉でもカモるかね。S号関連は機関から資金出ているだろうし。
決勝戦進出。
準決勝第二試合の休憩が挟まれる為、一試合目だったSOS団には決勝まで約二時間の空き時間がある。疲れた身体でハルヒに振り回されるつもりもなく、俺は進んで偵察係を引き受けた。ハルヒは情報&作戦参報の長門と古泉がいれば大丈夫と尤もな事を言ったが、俺と同じく疲労困憊で残る意思を示しているミヨキチを、如何に信の置けるSOS団メンバーとはいえ初対面で年上、しかも片方は男である場所に一人いる事で受ける緊張を説くと、渋々納得してくれた。
「ありがとうございます、お兄さん、涼宮さん」
「いや。こっちこそ、ありがとう」
ミヨキチが礼を言ってくるが、俺が残れたのも彼女のお陰なので、感謝を伝えた。
「いいわよ、キョンで精神安定剤になるんならね」
ハルヒは隊を背に言った。谷口と国木田は強制連行。朝比奈さんが拒否出来るわけもなく、鶴屋さんと妹は率先して、阪中も「ルソーを連れて行けるところならいいのね」と添え付けて街に出た。
準決勝は大学サークルと、片方は女子のみのチームだった。年齢は下は十代前半、上は二十代前半の、俺たちと同じ無所属、悪く言えば寄せ集めのようだった。だが決定的に違う。彼女達も対戦相手の大学サークルも、準決勝の相手だった社会人チームもサッカーが好きだった筈だ。練習だってどれだけやっているか。
「どうかされましたか?」
古泉が寄ってきていた。この時の俺はどうかしてたのだろう。こいつ相手に心境を吐露していた。
「いや、いいのかなと思ってさ」
「それは決勝にまで来て、と言う意味ですか?」
「ああ」
俺の小市民的思考表明にも、古泉は如才無い笑みのままだ。
「確かに、我々は素人集団です。もっと言えば、サッカー自体には意味が無く、優勝が目当てです。たまたま涼宮さんがサッカーを覚えたのと、開催時期が重なっただけのね。当然練習期間は僅か、努力と言う点ではどのチームにも及ばない」
全くその通りだ。連携不足と言う点では他の追随を許すまい。何せSOS団正団員以外は当日召集だ。
「ですが」
古泉は反語を載せた。
「勝っていけないということはありません。『勤勉にトレーニングし続けたものだけに勝利を許す』そんな事は、ルールブックにだって記されていません。それに、僕達が勝ちたいと思う気持ちと彼らの気持ちは、同じものでしょう?」
「いや、重さとかそういうのがだな」
「いいえ。同じです。僕達はバックボーンがなく他チームに比べれば遥かに薄いものですが、勝ちたい気持ち自体は変わりないはずです。逆に聞きます。あなたは負けたいんですか?」
「そんな事は無い。少なくとも今は勝ちたいと思ってるさ」
「だったら、勝ちましょう。負けても失うものは無い。以前と違い、この程度で閉鎖空間は発生しないでしょうし、発生しても微細なものでしょうからね。逆に勝てば優勝と言う栄冠と、証としてのささやかな盾とトロフィーを得る。勝ちを目指して、結果勝っても悪い事はありません。例え、飛びっきりのまぐれであっても」
俺は古泉の話を極大解釈して、まぐれでも素人が勝てる程度の実力しかつけてない相手が悪いと無理矢理責任転嫁して、少しだけ胸の支えを取った。いかんな、ハルヒに似てきたか。あいつは二人も要らんぞ。特に自分がポストハルヒになるなんて真っ平ごめんだ。
しかし古泉よ。
「負けても失うものは無いと言ったが、俺は実はあるんだよ。いや、どっちかと言うと得るものかもしれん」
「ほう、それは?」
スマイルサービスを二割増にする古泉。気付いてて訊いてやがる。
「言うか馬鹿」
ハルヒの怒りが恐いなんてな。
決勝の相手は大学生チームに決まった。チーム名は覚えている。聞けば懐かしさが去来する、近所の大学のサッカーサークルチーム。昨年優勝したとこまで同じだ。
分かってると思うが、言うぞ。下半分は違うしな。
決勝は、SOS団対上ヶ原バンディッツ
サッカーサークルは山賊の名を冠しているのか。まあ本物の山賊でも、ハルヒ(進化の可能性・時空の歪み・神{全部他称})と長門(宇宙人)と朝比奈さん(未来人)と古泉(超能力者)のいるSOS団よりは遥かに普通だがな。
午後四時五十九分。降水量10%の夕焼け空は美しく、よもや舞台装置の一つとして雨でも降らないだろうなと思っていた俺の心配を鮮やかに否定してくれた。実際、降った方が実力差は縮まる気はするが、その場合降らせたのはハルヒが無意識で変態的パワーを発動させたとしか思えないので、俺的インチキの判定に引っ掛かる。大体朝比奈さんやミヨキチが雨に打たれるのは忍びない。
懸案事項が安寧に消化され、午後五時、バンディッツのキックオフで試合は始まった。
前半二分 てきの8ばんのセンタリングにてきの11番が頭で合わせる。が、これはバーを越えてゴールキック。
前半三分 古泉に二人、阪中に一人、ハルヒに至っては三人のマークが張り付いていて回せず、谷口がボールをカットされる。
前半五分 鶴屋さんがパスカット。
前半六分 三人マークが付いていて尚ボールを要求するハルヒに鶴屋さんがパスを出すが、あっさり奪われる。
*前半七分 てきの9ばんのバックパスを受けたてきの10ばんのシュートに抜かれ、失点。0-1
前半七分 SOS団ボールで試合再開後ハルヒと古泉がコンビプレーで速攻を掛けシュートまで持ち込むも、キーパーがファインセーブ。
前半八分 てきの7ばんのミドルシュート。急にボールが来たので甘いコースだったのにキャッチでなくパンチングしてしまった。弾き先にメールで打ち合わせもしていないのに長門がいてボールを拾う。
前半九分 妹のパスミスでボールが奪われる。
前半九分 センタリングから正面に来たてきの11ばんのヘッドをファンブルしつつも抑える。
前半十分 俺からパスを受けた長門が何かの合図か手を上げ、鶴屋さんにボールを回す。そして、センターバックに徹していた鶴屋さんがいきなり左サイドを駆け上がった。国木田にパスを預け、前へ蹴り出す指示を飛ばして更に加速。中盤を駆け抜ける。
*前半十一分 ハルヒのマークの一人、てきの3ばんが鶴屋さんに向かう。左ゴールライン付近まで来ていた鶴屋さんは、その頭を大きく超えるセンタリング。阪中を飛び越し、ハルヒとマーカーの二人をすっ飛ばして逆サイド、そこに何故か長門がいた。体育祭の時の様な瞬間移動ではない。息一つ乱してはいないが、鶴屋さんの後に続いて前線に上がっていったのだ。どフリー。絶好のチャンス。しかし打点が中途半端か。ヘッドには低く、ボレーには高く正面過ぎる上自分に向かってくる球だ。トラップ必然。意表を衝いた意味が減るかっ。俺の不安を余所に、長門は思いも寄らない行動に出た。身体を捻りながら、小さく跳ねた。振り上げられた右足にボールはジャストミート。低弾道のシュートをゴール右隅に叩き込んだ。
無茶しやがる。オーバーヘッドゴールなんて初めて見た。
背中から落ちて心配したが長門は平然と立ち上がり、ハルヒの手荒い賞賛を受けている。1-1
前半十二分 バンディッツボールで試合再開。
前半十四分 てきの9ばんのシュートがポストに当たる。続くオーバーラップしたてきの3ばんのシュートは国木田が脚を出して弾き、スローインに。
前半十五分 スローインからの競り合いで今度はゴールラインを割り、バンディッツボールでコーナーキック。放り込んだボールに誰も合わせられず、ミヨキチが拾う。
前半十七分 鶴屋さんがまたもオーバーラップ。マークが混乱した隙に、古泉が谷口からパスを受ける。
*前半二十分 古泉がハルヒのマークを一人誘い出し、阪中へ浮き玉パス。そのボールを阪中は胸でスペースに落とし(俗に言う楔を打つってやつだ。知ったのは後だが)ハルヒがマーカー二人をものともせずノートラップランニングボレーSOSシュート。不吉なシュート名なのに流石決めるのはハルヒ以上に凶つものなどない証明か。2-1
前半二十分 バンディッツボールで試合再開。
前半二十三分 パスを回しゆっくり攻めるバンディッツの動きを止めようと身体を入れた鶴屋さんが進路妨害でファールを取られ、直接フリーキック。
*前半二十三分 フリーキックからてきの11ばんに高さを活かしたヘディングを打たれ、俺は触れたもののボールは枠に飛び、失点。鶴屋さんが謝っている。いえいえあなたのせいじゃありませんよ。それにあなたがいなきゃ1点目も2点目も取れてないかもしれないし、もう2点ぐらい失点していてもおかしくないですから。2-2
前半二十四分 SOS団ボールで試合再開
前半二十五分 古泉のシュートをてきのキーパーがキャッチング。
前半ロスタイム 痺れを切らしたキャプテンが自軍半ばまで戻りパスカット。もう時間もないので放置気味の敵フィールダーの間を走り抜け、ハーフラインからロングシュート。バーの遥か上を行くホームラン。
ここで前半終了。
「なんっなのよっあいつら! うっとうしいったらありゃしないわ!!」
ハルヒは自軍ボールでも二人、敵ボールになると三人がかりでマークするバンディッツのやり方が気に入らないようで憤懣やるかたない声を上げている。チーム得点の六割を上げて大会得点女王のハルヒを徹底マークするのは至極当然だと思うのだが、そんな常識がこのキャプテン様に通じる筈がない。気分よく打ち、気分よくゴールしなければ気が済まないのだろう。
「まあまあ、それだけ警戒されているということですよ。それに、マークを蹴散らして決めたじゃないですか」
「そうなのね。涼宮さん、かっこよかったのね」
「物足りないわ! 古泉くん、阪中。後半もあたしにボールを集めなさい! ハットトリック決めてやるんだからっ」
宥める二人に聞く耳持たず、ハルヒはずびしとバンディッツのベンチを指差した。その姿は自らに仇成す者には血も涙もない稀代の独裁者が重鎮達を率い壇上より全国民全世界に己が大儀を宣言しているようにも、新手の新興宗教の教祖が他宗教の排他を断罪を望み宣告しているようにも見えた。どうやらハルヒはバンディッツを詰るのに忙しく、2失点した俺へのお咎めは頭の中から消えているらしい。結構な事だ。
俺は託宣を聞き流しながら、冷たい汗を拭った。きついプレッシャーだ。流石は昨年優勝チーム。同点でハーフタイムを迎えられたのが信じられん。持ってくれるかなぁ、集中力。今日一日で白髪が何本か出来てそうだ。
俺の精神疲労を察したのか何処となく心配そうに見ていた長門の灰銀色の頭をポンポンと叩いた。
前半はサッカーニュース風に書いてみて長くなりすぎた上面白くないなと思ったのであるが、後半も同様にいくので諦めずに付いて来てくれ。
後半戦。SOS団のキックオフ。
後半一分 バンディッツPA内での競り合いでボールが零れ鶴屋さんがロングシュート。てきのキーパーに弾かれ、この試合SOS団初めてのコーナーキックに。
*後半二分 キッカーの古泉が強く蹴り出す。そのシュートは華麗に曲がり、バンディッツゴールに突き刺さった。妹曰く何かを呟いていたらしい。古泉に直接訊いたところ『マッガーレ』だそうだ。超能力ではなくお呪いらしい。嫌過ぎる。3-2
後半二分 バンディッツボールで試合再開。
後半四分 高さで勝負してくるてきの11ばんだが、好ポジショニングだった長門がパスカット。
後半五分 谷口へのパスがインターセプトされる。
*後半六分 長門も鶴屋さんも届かないところにセンタリングされ、てきの7ばんダイレクトボレー。防げず失点。すまん。3-3
後半六分 SOS団ボールで試合再開。鶴屋さんがオーバーラップ。
後半七分 谷口がシュートを打つがてきの10ばんに当たる。
後半七分 零れ玉を拾った阪中。素早いチェックで前を向けさせてもらえず、長門にバックパス。それを大きく蹴り出す長門。ハルヒが飛び上がり、てきのキーパーと競り合う。ラインを割り、ゴールかと思いきやキーパーチャージを取られ得点ならず。キャッチしていたところに突っ込んだと判断されたらしく、イエローカード。
「キャッチしてなかった!」
猛然と抗議するハルヒを古泉と阪中が宥める。今のハルヒは正に猛獣、猛虎だ。頑張れ二人とも。特に古泉、ハルヒがレッドになったら色々面倒だぞ。
後半十分 イエローカードでキレたハルヒががむしゃらにボールを追い続け、それ故に幸か不幸かボールキープがお互い安定しない。
後半十二分 古泉がボールを拾い、上がっていた鶴屋さんにパス。しかしマークを振り切れないどころかパスにも追い付けず、ルーズボールをてきの5ばんがキープ。考えてみれば鶴屋さんは決勝で一番走っている気がする。加えて短い試合で休憩が挟まれていても三試合目だ。この方でもバテてしまわれているのかもしれない。
後半十四分 てきの9ばんのミドルシュートはポスト。混戦状態のゴール前に落ちたが長門がクリア。
後半十六分 谷口がサイドライン際で倒され直接フリーキック。古泉でなくハルヒがキッカーになるも、シュートは特大ホームランでゴールキック。
*後半十八分 てきの9ばんのダイビングヘッドを止められず勝ち越しを許す。
俺は謝る事も考えたが、敢えてそれはしないでおいた。無意味に暗くしてもしょうがないし、ハルヒが早くリスタートさせろと吼えてたしな。3-4
後半十八分 SOS団のキックオフ。これを奪われると敗北が確定的なので大事に大事にキープする。
*後半二十二分 中盤まで下がったハルヒがボールキーププレイヤー古泉のすぐ傍まで近寄ってパスを受ける。軸足をボールより前に取り、状態をボールに対して被せるようにしてハルヒは振り被った脚を蹴り出した。
そのシュートはまたも特大ホームランに見えたが、頂点から自然落下以上に鋭く落ちた。美しい弧を描いたそれは紛れもなくドライブシュート。てきのキーパーは自棄になって放ったミスショットだと思っていたのか反応が大きく遅れ、ゲットゴール。唖然とするバンディッツメンバー。いやこれは俺も信じられない。ハルヒがサッカー日本代表に選ばれても不思議じゃないとか比喩した事はあったが変化系シュートを成功させるとは思ってもいなかった。兎に角スコアは4-4
後半二十三分 バンディッツはハルヒと古泉の常時固定マークを減らし、最後の猛攻に出た。そら、PK戦は嫌だろうからな。うちもハルヒ、古泉、阪中を戻して必死に凌ぐ。二十四分に放たれたシュートをパンチング、二十五分に放たれたシュートは抜かれたが長門が弾いた。
後半二十五分 ヘッドをパンチした零れ玉についに詰められた。俺は体制が立て直せていない。最後の最後で終わったか。そう思った時、身体毎ゴールに突っ込まんばかりのてきの9ばんの足がボールに触れるのと、鶴屋さんが回りこんだのは同時だった。
「鶴屋さんっ!」
もうボールの行方どころではない。体当たりしやがってっ。審判レッドだ! いや、俺が物理的に退場させる!
「ちょっ。 キョンくんキョンくん! あたしなら平気さっ」
てきの9ばんの襟首を掴み掛けた俺の手を止めたのは、他ならぬ鶴屋さん自身だった。怪我がないようでよかった。それでも確認する。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか?」
9ばんの声と被った。
「ん。打ち身程度だよ。こんなんスポーツやってりゃ幾らでも出来るさ」
鶴屋さんの平常な振る舞いに、俺もやっと冷静になった。恥ずかしい。キレた自分も恥ずかしいし、接触プレイありのスポーツで軽傷にも拘らず9ばんを怒り任せに殴ろうとしたのも。
「それより、ボールはどうなったにょろ?」
「ああ、あそこですよ」
答えたのはてきの9ばんだ。見ると国木田が再度ラインの外でボールを抱えているところだった。接触時の零れ玉はサイドラインを割り、SOS団ボールと判定されたらしい。
二分のロスタイム。今度は相手が徹底的に守りに入り、終了間際に放ったハルヒの放ったシュートは全く落ちずバーを越え、後半戦終了のホイッスル。五十分の熱戦で決着は付かず、決勝の行方はPK戦に縺れ込んだ。
「蹴る順番だけど、あたし、有希、みくるちゃん、古泉くん、キョンでいいわよね」
一旦下がったベンチでハルヒが告げた五人のキッカーは、SOS団正団員だった。こんなところで身内を贔屓にするのはいいが、言っちゃ悪いが朝比奈さんは……。
「あ、あたし無理ですよぅ。だ、誰か他の人に代わってください」
ほら、本人もそう言っているぞ。敗北戦犯になる責任は俺一人でいいから、誰か他の人を選んでやってくれ。
「そう。誰か蹴りたい人いる? あと、みくるちゃん。あなたペナルティね。ちょっと来なさい」
「え? ふぇぇぇ!?」
ハルヒは朝比奈さんの襟首を引っ掴み、自分の鞄を持ってベンチ裏へと消えた。戻ってくるまでに決めておきなさいよと言い残して。
最後の枠を決める話し合いをしている間中、朝比奈さんの悲鳴が木霊していた。
「決まった?」
「うぅ……」
皆々様お察しの通り、戻って来たハルヒと朝比奈さんはチアリーダー姿だった。野球の時の流れを考えるともっと早く着替えていても良さそうだったが、露出の多いチアリーダーの衣装で野球はまだしもボディコンタクトの多いサッカーをやっては大怪我になりかねないとハルヒなりに自制したのだろう。それも買い被りでただの気紛れかも知れない。未だに分からんよ、団長様―今はキャプテンか―の考えは。
「あたしが蹴る事になったよ! それにしても似合うねーみくるー。はいチーズ!」
鶴屋さんがデジカメで撮影している。朝比奈さんのチアリーダー姿は情熱を湧かせてくれ、希少価値まである。どうにかしてデータを奪えないものか。
「鼻の下伸びてるわよ、キョン」
指摘されて、慌てて表情を正した。無理に表情を取り繕おうとしたのでかなり引き攣った顔面神経痛みたいな顔になってそうだが、まだマシだろう。ミヨキチの中の近所の優しいお兄さん像を崩すわけにもいかん。視線は朝比奈さんから外せなかったが。
「…………」
凍傷を負わせそうな瞳の長門に手の甲を抓られた。
コイントスの結果、SOS団が先行のPKになった。
SOS団一人目のハルヒ。試合中散々シュートを見られたからかコースを読まれるも、弾ききれずラインを割った。1-0
「キョン、あんた全部止めなさいよ」
無茶を言うな。
長門なら宇宙パワー抜きでも読み切ってセーブできるかもしれんが俺には無理だ。GK交代は「あなたの責務を果たして」と拒否された。
ゴールライン中央に立つ。蹴られてから反応して間に合うわけないし、ヤマカンで飛ぶしかないか。
案の定決められた。1-1
「キョン! あんたSOS団の守護神でしょ! もっとしゃんとしなさい。負けたらあんたの所為だからね。皆、相手キーパーは大した事ないわ。こうなったらキョンが止めるまで決め続けなさい!」
先ほど止められなかったことは見逃してくれたようだが、それだけに敗北すればただではすむまい。ハルヒは全部決める事前提で話しているので一本でいいからヤマよ、当たってくれ。俺の命が危ない。
二人目長門は完全に裏を掻き危なげなくゴール。鶴屋さんも続き、古泉はコースは読まれたもののポストとバー共にギリギリの位置に曲がりながら飛んだシュートはGKに触れる事を許さずゴール。
俺はと言うと、その間バシバシゴールを決められる。気分はSGGK(NOT帽子)である。
「バカ! アホ! ドヘタクソー!!」
ハルヒの単独罵声の連打。チアリーダーらしく、朝比奈さんを見習って応援してくれないものかね。
「てか、次は俺じゃねえか」
よりによって4-4で回って来た。これはやばい。国木田、谷口、代わってくれないか!?
「がんばれー」
「~~♪」
国木田は手を振って気楽に応援。谷口に至っては下手な口笛吹いて眼を逸らしやがった。
OK、心は伝わった。見事に散ってやるよこんちくしょう!
ポス
コースとか全く考えずにヤケクソ気味に蹴ったシュートは当たり損ねのゴール中央に向かう浮き玉だった。しかしそれがよかったらしい。軸足とか蹴り足とかの角度でコースを読んだのであろうGKは、そこにいなかった。命拾い。5-4
そのままGKポジションに向かわず、キーパーグローブを外していたのを理由に一旦列に戻る。ヘタレだよ。時間が欲しかったのさ。
長門がグローブを差し出してくれた。
「サンキュ。アドバイス、何かあるか?」
GKポジションに入って、俺は長門のアドバイスを実践していた。ヤマを張ったのは左。体重は右に掛けていた。何の事はない。「重心が飛ぶ方向に掛かっている、逆にしてみて」とのお達しだ。キッカーに俺が何処を防ぐつもりなのか読まれていたらしい。
気付いていたならもっと早くに言って欲しかったものだが、ここを外せば敗北してしまう、最もプレッシャーが掛かる場面でやってこそ意味があるらしい。
振り返ればこの決勝戦、うちが同点で後半を終えたのは奇襲が全て成功していたからだ。もう一度前半から試合をやり直したのを想像してみろ。勝ってるイメージなんか湧かないだろ? それをここまで縺れさせた奇策、今一度輝きを見せてくれ。俺の命の為に。
キッカーの脚が触れるかどうかの重心を飛ぶ方向に移す。そのまま地を蹴り、めいっぱい身体を伸ばす。しかし届かない。そう、届かない。何せ相手のシュートは、枠を遥かに外れてしまったのだから。
最後にシュートを打った7番の奴が泣いている。プレッシャーが掛かりまくった挙句、予想外のジャンプ方向に慌てて外してしまったのだろう。かなり悔いが残った筈だ。他のメンバーもかなり悔しがっているように見える。女の方が多い、女子小学生まで交じった素人集団のチームだからな、うちは。
だが、同情はしても申し訳ないとは思わんさ。今回のは素直に喜べるからな。
ハルヒは朝比奈さんを玩具にして喜びを表して、妹もそれにじゃれている。ミヨキチは息を吐いて行儀よく腰を下ろし、逆に谷口と国木田は足を投げ出して座り込んだ。意外な事に、古泉も国木田らに倣っていた。阪中はルソーをキャリーケースから出している。表彰式に抱いて出る気か。鶴屋さんはデジカメを取り出し、俺に渡してきた。表彰式のハルヒを撮ってやれとのことだ。はいはい、了解。
ゴール前で腰を下ろして動けない俺に、長門がタオルドリンクを持ってきてくれた。
「お疲れさま」
労いを持たせた清廉な声が耳朶に心地良い。ありがたくタオルで汗を拭い、ドリンクで喉を潤わせる。
「国立に乗り込もうかしら。全国制覇も夢じゃないわ!」
調子に乗りすぎだ、ハルヒ。
こうして俺達は市民大会優勝の栄冠を勝ち取り、SOS団の歴史に数少ないまともな記録が刻まれることとなった。
午後六時半を回っていたので夕食も皆で採ることになった。昼食と同じファミレスの一角を占拠する。払いは割り勘。帰路に着いたのは八時近くになっていた。
「なあ、どうしてあんなにやる気だったんだ? サッカーに興味あったのか?」
俺は帰り道、最後尾を長門と二人して歩いていた。今日はこのポジションが多い。
ファミレスの中で既に眼を擦っていた妹は俺の背中で眠っている。スポーツバッグは妹の頭が来ていない方の肩に掛けている。キャリーケースは長門が抱えてくれており、例によってシャミセンも静かにしていた。
「サッカー自体に興味はなかった」
「じゃあどうして?」
長門は中空に眼を漂わせている。適切な言葉を探す癖だった。五秒ほどか、それぐらい経ってから長門は口を開いた。
「涼宮ハルヒの精神の安定の為。以前の野球大会、彼女が閉鎖空間を作っていたのはわたし達が全力を出していなかったからと言うのもあると、今のわたしなら推察できる。だから競技を把握し、情報操作を封印した状態での全力を尽くそうと思った」
ここまでは自分の任務と、他者をメインにした思考だった。
長門は続ける。
「わたしという存在としても、あなたの言うインチキ抜きであなた達の苦楽を分かち合いたいと思った。勝利の喜びなら、たぶん最高」
月明りに照らされた長門の顔は、微笑んでいるように見えた。
月曜から金曜の活動終了までに、古泉との五百円賭けゲームで四十連勝した事を付け加えておく。